第七章 第三節

 1 マユリアの宮殿

「マユリアの宮殿か……」


 トーヤはフウが仕事に戻った後も一人考え続けていた。


 もちろん、国王がマユリアにそんな大層な物を贈って気にいられたいとか、皇后とは離れた場所にマユリアを住ませたいと思ってそんなものを建てるというのなら、それはありそうなことだとは思う。


「けど、それを秘密にするのがよく分からん」


 もしもマユリアに秘密にするのならまだ分かる。黙って作っておいてあっと驚かせるために秘密にする、そういう効果を狙うのなら。だが、贈られるマユリア本人が知っていて、完成するまでは客殿に滞在すると言っているのはどういうわけだ。


「いや、というか、神官長とマユリアに国王が乗せられたんだろうな……」


 おそらくそうしてうまく話を持っていかれたのだろう。だとしたら、その新しい宮殿とやらこそが肝になるのかも知れない。


「そうだとしても、やっぱりなんで秘密にするのかよく分からん」


 トーヤもシャンタルの交代のことを考えた。なんといっても重要な儀式だ。そうして代々のシャンタルをつなぐためにこの宮は、この国はあると考えてもいい。それがかすむような大きな発表は終わってからにしようと控えている可能性はある。


「けどなあ、もっとでかいことがその前にあるしな」


 もちろんマユリアの婚姻のことだ。民たちからすれば、一体どういう意味があるのか全く意味不明なそんな大きな出来事が、すぐ目の前に迫っている。すでに何回も繰り返してきたシャンタルの交代より、民の目はそちらに向いてしまっているとも言える。


「だったら今さら宮殿の一つや二つ、それにくっついて考えりゃなんてことないことにならねえか」


 トーヤとしたらそんな物より、その事実をラーラ様にすら秘密にしていた、そのことの方がやはり重くのしかかる。


「なんで隠してんだ」


 そうして考えを言ったり来たりしていると、誰かが植物園に入ってくる気配がした。トーヤは息を殺してそっと様子を伺う。


「ここはあの変わった侍女の巣なんだろ?」


 まだ若い男の声だ。トーヤは「変わった侍女の巣」という言い方があまりにぴったりで笑いそうになったが、反応をするわけにはいかない。


「今は客室係の手伝いの業務に就いているから、その間にゆっくり探せとの隊長のご命令だ」


 確かにフウは客室係を手伝うと言っていた。それを承知でいない間に探せというのは、もしかしたらあえてフウを植物園から離すつもりでの命令だったのだろうか。 

 宮には男はほとんどいない。いるのは衛士か神官、そして下働きの者だ。その中で「隊長」の命令で動いているということは、おそらくこの二人は衛士だろう。だとしたらその命令はルギから出ているはずだ。キリエからルギに何かを探せと伝達があったに違いない。


「しかし、一体誰が隠れてるっていうんだ、こんなところに」

「さあな。だが不審者がいないか調べろって言うんだから、あれじゃないか、前にもあっただろう」

「ああ、あれな」


 幽閉されていたはずの前国王が姿を消した時のことだろう。


(そして今探してるのは俺たちだろうな)


 マユリアは交代までにシャンタルを探し出そうとしているようだ。だが、どうしてそこまで急ぐ必要がある。明日はマユリアの婚儀で、明後日はもうシャンタルの交代、そしてその翌日はマユリアの交代だ。その時には嫌でも出てくると分かってるだろうに、そうまでして交代まで、というよりは婚儀の前にシャンタルを探し出そうとしている。その時期に何か意味があるのだろうか。


 何にしろ、あちらは急いでる。いや、焦っている気がする。それは分かった気がする。


「それで、誰かいそうか?」


 衛士の一人がもう一人にそう聞く声がして、トーヤは神経をそちらに向けた。


「いや、いないんじゃないかな」


 ガサガサと植物をかき分ける音がする。かなり乱暴にやっているようで、もしもフウがいたらもっと丁寧に扱えと雷が落ちそうだ。


「特に他に部屋とかもなさそうだし、一通り見たら次へ行くか」

「そうだな」


 衛士たちはそう言って植物園の中を探索すると、やがて外へ出ていった。


 トーヤはフウが作ったという隠し部屋に隠れていた。


「大事な研究の途中でもね、しょうもない仕事で呼ばれることがあるんですよ。もちろん、大事なお努めの時には何を置いても飛んでいきますが、そういう時にちょこっとね」

「つまりサボり部屋だな」

「人聞きが悪いですね、秘密の研究室と呼んでください」


 と、フウがこの部屋を教えてくれたのだ。


 ここで例のシャンタルが飲んだ薬を作るために作ったのだろうかと思ったが、フウは違うと言った。


「いえ、私が作ったのではないのはありません。当時は管理の高齢の侍女の方がいらっしゃったのですよ。その方が私を見ていて、どうしても薬の研究をしたくてたまらないようだ、しょうがない子だとおっしゃって、ここに部屋があることを教えて下さいました。その方ももう亡くなられましたので、今では知るのは私一人ですが」


 またかとトーヤは思った。まるでこの部屋も今のために用意されたかのようだ。だが、そのことが同時にこの道で合っていると教えているようでもあり、このまま進むしかないとあらためて思った。

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