9 八年前のある秘密

 言い終わるとフウはスッと立ち上がり、ニコニコしてその場に立っている。


 アランもハリオも、そしてフウの後ろに立っているミーヤも、ただ困るばかりだ。


「どうしました?」

「いや……」


 少し考えてからアランが口を開く。


「いきなり味方ですって言われても、そうですかって信じるわけにもいかないでしょ?」

「まあ、それはそうですね」


 フウが合点がいったという風に頷くと、


「では、ある秘密をお教えしましょう。それを聞いたらおそらく信じてもらえるかと思いますよ。ええ、きっとびっくりします」


 と、それがまるで今夜のおかずが何かとでも言うように、全然大変そうではないように言う。


「いいですか? 言いますよ」

「ちょっと待ってください!」


 さすがにアランが止める。


「どうしました」

「いえ、いきなりそんな秘密を聞かされても困るでしょう」

「どうしてです?」

「いや、まずそれが秘密かどうか、そして本当かどうかが分からない。それに秘密だとしても、それを聞いてどうしろと言うのか」

「なるほど」


 フウが、ふむというように少し考える。


「まあ、聞いたら確実に、ああそれはすごい秘密だと思うんですが。それじゃあヒントを」

「え?」


 全く、何を言い出す人かさっぱり読めない。


「八年前の秘密の一つです。ですが、そのもっと前から始まってました」


 そう言われてアランもミーヤも口を閉じる。ハリオはそこまでよく分かっているわけではないが、八年前と聞き、おそらく大変な話なのだろうなと推測する。


「どうします?」

「いや……」


 アランがミーヤをちらりと見て様子を伺った。


 おそらくトーヤも主寝室からこちらの様子を伺っているだろう。この話も聞いているはずだが、何も反応をしない。つまりそれは、どういうことなのだろう。


「伺いましょう」


 アランが考えていると、ミーヤがそう言った。


「いいんですか?」

「ええ、お話を伺わないことには、何も話が進まないでしょう」


 確かにそうだ。


「分かりました、伺います」

「そうですか。では、話しましょう。その前に」


 アランとハリオが身構える。


「ちょっと座ってもいいですかね? 話が長くなると疲れますから」


 フウはそう言ってつかつかと進むと、ソファに近寄り、


「ここに座っても?」


 と、アランに聞く。


「ええ、どうぞ」

「では」


 フウはゆったりと扉に一番近い席に腰掛け、


「あなた方もどうぞ」


 と、まるで自分がこの部屋の主であるかのように声をかけた。


 アランとハリオが並んでフウが座っていない方のソファに腰掛け、ミーヤはフウの隣に座る。


「では、はじめましょう。びっくりしますよ?」

 

 フウは片目をつぶると、いたずらをする子供のようにニヤッと笑った。


「八年前、ご先代がお飲みになった薬、丸一日命がなくなったように見えるあの薬は私が作りました」


 フウが言う通り、聞いたら確実にすごい秘密だと思う秘密であった。


「あら、どうしました、びっくりしませんでした?」


 フウはきょとんとしながら3人の顔を見回す。


「い、いえ、びっくりしすぎて声が出なかったんです」


 アランがやっとのことでそう言うと、ハリオとミーヤも目を丸くしたまま頷く。


「よかった、びっくりしてもらえなかったらどうしようかと思ってましたよ」

「いや……」


 なんなんだこの人は。


「ほら、すごい秘密でしょ? それに本当のことだとも分かったはずです」

「確かにそうですが」


 アランがやっと自分を取り戻し、いつもの様子に戻ってそう答えた。

 フウはそんなアランを見て、ちょっと満足そうな顔になる。


「では、それを知ってどうしろというのか、ですね」

「ええ、そうなります」

「その薬のことについてお話しますね」

「お願いします」


 フウはコホンと一つ咳払いし、話を続ける。


「あの薬の効き目については、もうお分かりと思います。お分かりですよね?」

「ええ」


 アランが警戒しながら答える。


「使ったのは八年前ですが、作り始めたのはそれよりもっと前です。その十年前、キリエ様からそんな薬が作れるかと尋ねられました」


 八年前のさらに十年前。おそらく「黒のシャンタル」が誕生したその年だろう。


「ええ、そうです。ご先代がお生まれになって間もなくのこと。私がいつものように薬草園にいると、キリエ様がいらっしゃって、そうおっしゃいました」

「それで、フウさんはどうしたんです」

「作りますと答えました」


 3人が言葉もなくフウを見る。


「作り方、知ってたんですか?」


 ハリオがおそるおそる聞くと、


「いいえ、そんな薬があるかどうかも知りませんでした。ですが、キリエ様がご所望なのです、作らないという選択はありません」


 なんて人だ。


「それで、文献を片っ端から調べ上げ、九年前にやっと完成させました」


 つまり実際に使用する一年前にはできていたということだ。


「それは苦労しましたよ。一番大変だったのは、それが実際に効果があるかを調べることです」

「実験をしたんですね」

「ええ」

「それは、どうやって」


 アランがある実験のことを思い出しながら聞く。おそらく、誰かで試したのだろう。それしか考えられない。

 

「最初は小さな動物に。そして最後は自分で試しました」


 フウがこともなげにそう答え、3人がまた言葉を失う。

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