10 方向性
3人が黙ったままでいると、フウもニコニコしたまま3人を見ている。
「えっと、ですね」
アランがとにかく何かを言わないと、と口を開くが、さて、何からどう話せばいいのか。
「怖くなかったんですか、自分で実験するって」
「怖くないことはないですね」
「ですよね」
アランは自分が実験台になった時のことを思い出す。
「ですが、では誰でやればいいかということになります」
「それはそうですよね」
アランは自分が実験台になった時のことを思い出す。
「それで、うまくいったわけですね」
「ええ、まあ、うまくいくだろうとは思っていましたが、できた時はうれしかったですねえ」
そこは違うなとアランは思った。
「その薬を誰にどう使うとか知ってたんですか?」
「いいえ」
「作ることに不安はなかったんですか?」
「何の不安でしょう」
「いや、だって、どこの誰にどう使われるか分からないでしょう」
「キリエ様がお使いになるのですから、そんなことは考える必要もないことだと思いますけどね」
「それほどまでにキリエさんを信頼しているってことなんですね」
「ええ、もちろんです」
フウの返事には淀みがない。
「それで、そのキリエさんの命令で俺たちの味方になるってことなんですか?」
「ちょっと違いますね」
「違うんですか?」
「ええ、キリエ様はそんなことは一言もおっしゃっていません」
「じゃあ、なんでです」
「キリエ様はこうおっしゃいました。セルマとミーヤの助けになってやってくださいと」
確かに命令ではない。だが、それはもしかすると、同じ係の取りまとめとして、という意味ではないのだろうか、とアランは考えた。
「あの、それは、同じ係の取りまとめとして、という意味ではないのでしょうか」
同じことを思ったようで、ミーヤがそう質問する。
「同じ係になったのなら、助けるのは普通のことですよ。特にそんなことを言う必要もないのでは?」
「え、ええ、それはもちろん」
「そこをあえて、そうおっしゃったのです。私に2人を助けてやってくれと。だから私はどうすれば助けになるかを考えました」
3人は黙ってフウの言葉に耳を傾ける。この変わり者の侍女の考えを知るには、それしか方法がないからだ。
「まず、セルマとミーヤ、この2人の助け方は違うと思いました。セルマに対しては宮で孤立してしまわないように、その上で神官長と接することがないように。もう二度とあちらに戻らないように。それが助けかと思います」
言うのは簡単だが、なかなか簡単ではなかろう。
「そしてミーヤ、こちらが厄介です」
フウは目をつぶって頭を左右に振り、やれやれというように肩を一つ上げて下げた。
「何しろ色々なことを抱えていますからね。ですが方向としては分かります」
「方向ですか」
「ええ、方向です」
「それは、どういう意味なんでしょう」
アランがなんとなく警戒しながら聞く。
「一言で言うと、キリエ様の敵になる方向ですね」
「ええっ!」
「ほらまた。本当にハリオさんは修行が足りてませんね。私が敵だったら一番に目をつけますよ? 本当に凡人ですね」
「す、すみません」
凡人ハリオがおどおどとと頭を下げる。
「キリエ様の敵になるとは、一体どういうことなのでしょう」
ミーヤが深刻な顔でフウに尋ねた。
「さあ、分かりません。ですが、自分は敵になるから、私に助けてやってほしいとおっしゃったんだと理解しました」
本当なのだろうか。3人は顔を見合わせる。
フウがいかにキリエを信頼し、尊敬しているか、それは先ほどの薬の話で理解できた。だが、そのキリエに言われたからといって、キリエの敵になるようなことがあるのだろうか。
「あの、そんなことして平気なんですか?」
ハリオが率直に思ったことを口にする。
「平気かどうかと聞かれたら、平気ではありませんね。ですが、キリエ様の信頼を裏切るぐらいなら、敵になった方がましですから」
全く理解できない。
「俺だったら船長に敵になれって言われても無理だけどなあ」
ここはハリオの凡人な感想の方が理解できるとアランもミーヤも思った。
「そもそもディレン船長は敵になれ、などとおっしゃらないのではないですか? キリエ様だからこそです」
フウは得意そうに胸を張るが、自慢するようなことなのだろうか。
「まあ、とにかく、そういうことなのです。ですから、そろそろ出ていらっしゃってもいいのではないのですか?」
「誰がです?」
アランが誰のことかが分からない、という調子で聞く。
「決まってます。って、どちらがボスなんでしょうかね?」
「ボス?」
「ええ、リーダーのトーヤさんか、それともご先代のどちらが一番上でしょう。私の感覚だとどうしてもご先代が一番上だと思うのですが、外の世界では違いますよね。あ、ベルさんは申し訳ありませんが一番下っ端です」
その言葉を聞くなり、主寝室の中から笑い声が聞こえ、扉を開けて誰かが出てきた。トーヤだ。
「一応俺が一番上でいいと思います」
「トーヤ!」
後ろからそう言って、追いかけるように飛び出してきたのは「下っ端」のベルだ。
「あら、なかなかの男前。ですが、やっぱりアランさんの方がいい男ですね」
それが素顔のトーヤを見たフウの第一声だった。
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