13 違う二人
「フェイが……」
ミーヤがそう言って声をつまらせるのをトーヤは聞いた。
フェイはトーヤとミーヤにとって特別の存在だ。妹のような娘のような、そして特別大切な何か。
ここで集まっている者の中でフェイを直接知っているのはトーヤとミーヤ以外ではカースのダル一家、そしてリルだ。他の者たちはフェイがどれほど愛され、慈しまれ、八年前の出来事に大きな力を貸していたかという話を聞いてはいるが、本人を知っているわけではない。
「そう、フェイが。それもなんとなく分かるよ」
シャンタルは亡くなった後のフェイの魂と出会い、そして運命を一歩踏み出すことができた。
「おれとフェイが……」
会ったことがないフェイ、一度はその存在に嫉妬の感情を持ったフェイ、その幸せを自分が奪ってしまったのではないかと苦しくなったフェイ、そして今はまるで姉妹のように親しみを感じているフェイ。
ベルは胸が熱く、苦しくなるのを感じた。
そして自然と温かい物が両の瞳から流れ落ちた。
『一つだけ申しておかねばならないことがあります』
光の声に、それぞれの思いに向けていた意識を皆が一つに向けた。
『童子とは、元は神として生まれるはずであった者、神としてその生を生きるはずであった者。ですが、人として生まれた今は、人、なのです』
「ああ、それさっきも言ってたな。結局どういうことなんだ?」
『ベルもフェイも、ただの人、他の誰にも変えられぬ、大切なただ一人の人という存在だということです』
「トーヤと同じこと言ってる」
ベルがあの夜、トーヤに初めて八年前のことを聞いた時に言われたことを思い出す。
「おれ、トーヤがあんまりフェイのことかわいいって顔するから、つい、おれはフェイの代わりなんだろうって言って、そんですんごい怒られたんだよ」
ベルがそう言って、つらいような、悲しいような、そしてやはりうれしいような、そんな感情が全て混じり合ったような表情になる。
「トーヤが、おれはフェイと全然違う、髪の毛一本も似てるとこなんてない! そう言って、おれ、すごく悲しかった。ああ、やっぱりトーヤはおれよりフェイの方がずっとずっと好きで、大事で、そんでおれが自分のことをそんなフェイの代わりって言ったことに怒った、おれなんかフェイの足元にも及ばない、そう言ってるんだと思ったんだ。そんで息が止まりそうなほど悔しかった」
「そうだったな。俺もあの時はそう思って、トーヤがひどいと思った」
ベルの言葉にアランも思い出してそう言った。
「けどさ、違ったんだ。トーヤが言いたいことはこうだったんだ。フェイもおれも、他に代わりのないただ一人だけの人間だ、おれはフェイの代わりにならないし、フェイもおれの代わりにならない。それも分からずにひがんだこと言う、そういう言い方が一番嫌いだ。そんで怒った。おれのこともフェイと同じぐらい大事に思ってくれてるんだ、それが分かって、おれ、おれ……」
ベルが下を向き、ぼたぼたと涙が落ちた。
「……う、うれ、うれしくて、うれしく、て、そんで、な、なけ、泣けて、そんで、おれ……」
ベルがわあっとあの時のように泣き出した。
「おまえなあ、どんな思い出し泣きしてんだよ。また鼻垂らしてきったねえ顔になるだろうが。ほれ」
トーヤがあの時のようにハンカチを差し出す
ベルはそのハンカチをつかんでぐしゃぐしゃに掴むと、顔に押し当ててさらに泣く。
「もうそれ返さなくていいぞ」
トーヤがあの時のようにふっと笑ってそう言い、同じことのあったディレンもふっと笑った。
「うん、だから、だからさ、あんたの言うこと、すごく分かるんだ」
ベルがしゃくり上げながらやっと落ち着き、光に向かって言葉を続けた。
「おれは、おれとフェイは、本当なら神様に、あんたの侍女だか荷物持ちだかその仕事は分かんねえけど、なんか、そういうことする神様になる予定だった。けど、今はこうして人になってる。人として他の人の代わりができねえこの世でたった一人の大事な人になってる。だから今を大事に生きろ、そういうことだろ?」
ベルの言葉に光は言葉はなく、だがふわっと今までで一番柔らかく、大きく光を送ってきた。
「ありがと、おれ、がんばって最後まで人やるよ」
「人やるって、なんだよそれ」
トーヤがベルの隣でプッと吹き出した。
「まあいい。おまえが言いたいこと全部言ってくれた」
トーヤがそう言ってガシッとベルの頭に手を置き、ごしごしと撫でた。
「いってえな、仮にも童子様の頭だぞ! 無礼者!」
「でも今はただの人、ただの馬鹿だろうが」
「なんだと!」
いつものやり取りがいつものように始まろうとした時、
「そうなんですね……」
ミーヤの声が聞こえた。
「トーヤといるベルを見ていると、フェイと重なる部分があったのは……不思議だったんです、全然違う2人なのにって……」
「全然違うって、ちょ、ミーヤさん!」
そう、それ!
なんでかみんなそう言うのだ。
「なんでみんなそれ言うんだよ! おれ、フェイと同じ童子なのに!」
それを聞いてトーヤもアランもディレンも、そしてカースの人たちも、一度はそう思ったことのある全員が大笑いして、ベルが、
「なんだよ!」
と、頬を膨らませてむくれた。
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