12 二人の童子
「ええー!」
またベルが叫ぶ。
「ええー! うっそー! えっと、それって、えっと、なんだー!」
ベルはそう言いながらその場をぐるぐる回っている。
「えーっ! はあーっ! ああーっ?」
「るせえ!」
とうとうトーヤに張り倒された。
「ちっと落ち着け」
「いやいや、無理だろこんなん!」
ベルの言い分ももっともだ。
「だっておれ、神様になるはずだったんだぜ? え、ちょいまち、ってことは、おれ、これから神様になんのか!?」
ベルを見て、光が純粋に微笑ましそうに揺れる。
『そういうことはありません。
「えっ、てことは、神様にならないの?」
『その通りです。この先は人としての生を生き、人として終えるのです』
「つまり、人間で終わりってこと?」
『その通りです』
「え~そんなあ、つまんねぇ……」
ベルはまるで、今日の楽しい予定がなくなった子どものような口調でがっかりする。
「なんか、おまえが言うとあんまり大したことじゃなさそうだな」
トーヤが呆れたように言うと、シャンタルも思わず笑いながら、
「やっぱりベルは楽しい。でもそうか、だからベルってなんだか特別なんだ、分かった気がする」
と言い、
「そうだな、なんか嬢ちゃんは特別だって気がしてたけど、あれはあながち間違っちゃいなかったんだな」
と、ディレンも納得をした。
「特別な馬鹿って気はしてたが、まさかそんなもんだったとはな」
「そんなもんってなんだよ! それにおれは童子だぞ、もっと
「おまえ、それ言うなら俺は助け手様だ、そっちこそもっと敬え!」
「なんだと! 助け手だっても、多分そっちは人間の種から生えたんだろうが、おれは神様の種だ! やっぱりそっちがもっと敬え!」
「な! 生えただあ? 何を、この馬鹿!」
「いってえ! 童子様をなぐるな!」
まるでここがいつもの安宿ででもあるように、トーヤとベルの衝突が始まる。
「ちょ、ちょっと待て、おまえら!」
そしていつものようにアラン隊長の一言だ。
「なんか、俺ちょっと頭の中ぐるぐるすんだけど……」
アランが両手でその薄茶の髪を押さえ、考えをまとめながら口にする。
「ってことはだな、俺はシャンタルって神様と、その助け手だってトーヤ、それに神様になるはずだった妹と一緒に旅をしてたってことになるのか……」
混乱するのも無理はない。
「あの、俺は、俺は一体どういうことになります?」
アランは意を決したように顔を上げ、光に尋ねた。
『何も』
「なにも?」
『あなたはそのまま、生まれたままのアランという人ということです』
「はあぁ!?」
言われてアランががっくりと頭を下げる。
「なんだよそれ、俺だけ普通の人ってことかよ……」
一人だけハズレくじを引いたかのように、アランは心底がっかりしているようだ。
「兄貴ぃ……」
ベルが虚脱する兄に空間を超えて声をかける。
「なんか、ごめんなぁ、おれだけ」
せっかくの妹の好意も逆効果、アランが一層虚無になる。
ディレンは目の前で落ち込むアランの肩に、慰めるように手をかけた。
その隣でミーヤとアーダは困りきった顔を見合わせている。
リルはどうやら笑うのを我慢しているらしく、その横でダルがリルを止めるように何か小さな声で言い、そのせいでますますリルが苦しそうになっている。
ハリオはそんな2人の横で、どうしたものかという顔になるが、それ以上何もできることがない。
カースのダル一家はすぐそばで繰り広げられるトーヤとベルのじゃれ合いに、なんとなくここがどこなのかを一瞬忘れたような顔になっている。
シャンタルは、
「なんだかあの実験の時みたいだね」
そう言ってクスクス笑っているが、アランは言い返す気力もないように脱力したままだ。
「まあ、そういうのはまた後でいいとして、話の続きを頼む」
いつもだったらアラン隊長の役目のはずの言葉をトーヤが引き継ぎ、光に続きを
『童子はベル1人だけではありません』
光の言葉にそれぞれが同じように驚く。
「1人だけじゃないって、他にもこの中にいるってことか?」
『そうではありません』
光はゆるく光ると続けて思わぬ名を口にした。
『フェイです』
その名を聞いて全員が動きを止めた。
「フェイ……」
ミーヤの声がトーヤの耳に届いた。
『そうです、フェイです。フェイがベルと共に神の座を降りて、役目のために人として生まれたもう一人の童子なのです』
「フェイ……」
今度はベルがその名を口にする。
『助け手がこちらに戻ってくる、それが分かった時、童子となる者が必要だと分かりました。ですが、童子となるということは、神ではなくなるということ。二度と神の身には戻れぬということ。人として生まれ人として短い生を生き、人として生を終えること。それが分かっているので自ら名乗り出てくれる種はそうそういないものなのです。その時2粒の種が自分がと申し出てくれました。そうして神の座を降りると決めてくれたのです。特にフェイとなった種は、本当に短く生を終えると知りながらその道を選んでくれたのです。尊い童子です』
光が優しく瞬いた。
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