5 呼び水
「それだけでかかったってことだな、シャンタルがトーヤに弾き飛ばされた時の衝撃が」
アランが淡々と続ける。
「だけどそのたった一滴が、そこまで影響するもんか?」
「ありえるよ」
シャンタルも淡々と答える。
「聖なる湖で私が流した一滴の血で、力が逆転したじゃない」
「マユリアの海の沖で舌噛んで血を吐き出してやったが、全然効果がなかったって言ったろうが」
「そういやそうだったね。それにしてもやっぱり痛そう」
シャンタルが美しい眉を少しひそめた。
「つまり、トーヤが
「なんつー言い方だよ」
ベルの言い方に苦笑しながらも、トーヤはそのまま話を続けた。
「言い方はあれだがまあ、そういうこったな」
「それはなんでだ?」
「俺はシャンタルのは神様の血で、俺のは人間のだからかと思ったんだが」
「違うかも」
ベルの問いに答えたトーヤの考えを、シャンタルが小さな声で否定する。
「なんでそう思う」
トーヤの言葉にシャンタルは一瞬だけ言葉を飲み込み、それからゆっくりと口を開き、
「おそらく、血の穢れを感じないぐらいに」
そこまで言って止めた。続きは聞かなくてもいいだろう、無言でそう言うように。
シャンタルが口に出したことで、他の者も初めてその可能性があるのだと分かり
――おそらく、血の穢れを感じないぐらいに穢れてしまった――
聞いていないはずの言葉が続きを紡ぎ出す。
「そうなんだろうな」
トーヤが何がどうとは言わずにそう答えた。
「だからさ、その一滴だけでなんでそうなるわけ? ずっと穴空きっぱなしでちょっとずつ染み込むんならわかるけどさ」
「あの時の私みたいにだね」
ベルの言葉にぽそりと言ったシャンタルの言葉であの時のことを思い出す。
「私が助けていただいた時の魔法のことですね」
ミーヤを横暴な貴族の師弟から守ろうとかけた、いつもの「悪いことをすると痛くなる魔法」に対して、何かの力が干渉をしてきた。
「そう。その穴がふさがるまで、ずっと力を吸い取られ続けたんだけど、それがあったらもっとマユリアにも影響があった気がするよ」
「そうだよな。もしかしたらその吸い取ったってのが、今の話じゃマユリアの中のマユリアじゃねえのってなってるから、もっとなんてのか、凶悪そうな顔とかになっても不思議じゃない気がする」
なんとも言えない乱暴な言い方のベルだが、その分素直に言葉が入ってくる。
「マユリア、八年前のことは知らねえけど、おれが見る限りじゃめちゃくちゃきれいなままじゃん」
その通りなのだ。
「清らかだよな、どう見ても」
妹の感想に兄が続ける。
「そうだな。俺が感じた懲罰房やマユリアの海の沖のような感じは受けたことない」
トーヤはこっそり宮に忍び込んで話をした時のマユリアを思い出していた。
「あの光に言われてマユリアに会いに行った。あの時のマユリアが俺が今まで会った中で一番人間くさかったんだが、穢れたという感じはなかった」
トーヤの話を聞いて笑っていたマユリアを思い出す。
「あの時、マユリアを今までで一番身近に感じた。こいつの家族なんだ、なんとかして連れ出してやりたい、そう思った。本人もそれを希望したしな」
「ってことは、あくまでトーヤが見たことから判断するしかねえけど、穢れの影響を受けてるのは中だけってことになるか」
「ああ、少なくとも外側のっていいのか、俺らが知ってるマユリアにはそんな気配はなかった」
トーヤとアランが考えをすり合わせる。
「もしもシャンタルの衝撃を受けたその一撃から、ずっと穢れが入り込んでるとすれば、そんな風に外のマユリアに影響がないとは考えにくい」
トーヤがそう結論を出した。
「そうだな、本当のところは分からんが、その方が自然だ」
「でもさ、それだったら最初のたった一滴が女神様をそんなにしちまった、ってこと? その一滴のせいで中で腐っていったみたいだ」
ベルも2人に続いて自分の考えを口にする。
「相変わらずおまえの言い方は身も蓋もねえな」
ベルをからかうように言いながらも、トーヤの顔は笑っていない。
「中で腐るか、だがそういうことがあったと考えるしかねえんだろうなあ」
アランも続ける。
「呼び水」
シャンタルが一言だけそう言った。
「なんだよそれ」
「おまえ見たことねえかな、ポンプで井戸から水汲む時に、最初にちょっとだけ水いれるんだよ、そうしたらうまいこと水が汲めるんだ」
「ああ、あったなそういうの」
アランの言葉にベルがなんとなく思い出した。
アルディナでも大部分はシャンタリオにもあるのと同じ、つるべで水を汲む形の井戸がほとんどだが、大きな街では機械式のそんな井戸が結構普及している。
「つまり、最初の一滴が入ったことで、中からそんな感情が、穢れが湧いて出たって意味か」
トーヤが確認するように言うと、シャンタルがやはり少し考えるようにしてから、こくりと頷いた。
「なるほどな、女神様だからって色々な感情がある。それを侍女たちの怨念が引っ張り出した、そういうことか、うわっ!」
そう口にした途端、トーヤの胸元が熱を帯び御神体の分体がうっすらと光を放った。
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