12 一人だけが知っている場所
「あの、ここで一人で住んでるんですか?」
ラデルの家具工房の二階をキョロキョロと見渡しながら、ベルが遠慮そうにそう聞いた。
「ええ、今は一人です」
「今はってことは、前はちがったってこと?」
「そうですね」
少し伸びかけた白い物が交じる髪の男が、ベルを見てゆるく表情を崩し、そう答えた。
「だよなあ、一人で住むにはちょっとばかり広いと思った」
旅の兄弟の弟の扮装のまま、黒いかつらの前髪をいじりながら納得したようにベルがそう言う。
ラデルの工房はかなり広い造りになっていた。
一階の工房は、作る作品にもよるのだろうが、数名以上の職人が同時に仕事ができるぐらいの一間になっていて、奥にはまだ水場や小部屋がいくつかありそうに見える。
階段を上がった二階にはやはりいくつも部屋があり、それはおそらく、住み込みの職人用の部屋なのだろう。
ベルとシャンタルが案内され、トーヤとアランが待機していた部屋にはあまり大きくはないベッドが両側の壁に沿って3つずつ、合計6つ並んでいた。壁側に頭を向けたベッドの頭部の横にはやはりそう大きくはない棚がそれぞれついていて、私物などを入れられるようになっているようだ。まだ新米の職人用の大部屋なのだろう。
廊下の奥や向かい側にも扉があるが、それは個室か二人部屋なのか、それとも親方やその家族の部屋なのかまでは分からない。
「多分ここ、職人用の部屋なんでしょ? でもだ〜れもいない。雇ってた人はやめちゃったの? それとも誰も雇ってないの? だったらなんでこんな広い家に住んでるの?」
ラデルはベルの率直な物言いに素直に笑顔を浮かべた。
「まあ、あまり本気で仕事をする必要もないんですよ、生活に困ることもないし。ただ、何もせず生活するのもね」
「あ、そうか」
シャンタルの親には少なくない金が支払われる、そう聞いたのをベルは思い出した。
「仕事しなくても生活できるんだっけ、いいよなあ」
素直にそう言うベルにラデルが笑う。
「いや、あの、すんません!」
「いで!」
アランが慌てたようにベルの頭をつかんで急いで下げさせた。
「いえ、かまいませんよ、本当のことです」
ラデルがそう言って優しい目をアランとベルに向けてきた。
「ええ、ですから本当は何もする必要もないんですが、人間というのは不思議なものです、なにかせずにはおられない」
そう言う男の表情はさびしそうであった。
「なんだ、シャンタル、なんか言いたそうな顔してんな」
トーヤがふいっと話題を変えるようにそう言った。
常ならば何にもあまり興味を持つこともなさそうなシャンタルが、なんとも困ったような顔をしてトーヤをじっと見ている。
「なんだ、言いたいことあんなら言ってみろよ」
「うん、そうなんだけどね……」
これも珍しいことに言いにくそうに、何かを気にするようにそう言う。
「ラデルさんなら気にするこたねえ。全部知ってる」
「え!」
シャンタルの代わりにベルが驚いて声を出した。
「全部って、どの全部だ?」
「おまえな、全部って言ったら全部だろうが」
「いや、だってさ」
「とにかく全部だ」
トーヤがからかうような口調で、それでいて真剣な視線をベルに向け、シャンタルにも言い聞かすように続ける。
「黒のシャンタル」
一度トーヤはそこで言葉を切り、部屋の全員を見渡した。
「こいつが男だってこと、湖に沈んだこと、それを俺が助けてアルディナの神域に連れ出したこと、新しい託宣があってこっちに戻ったこと、全部だ」
「ええー!」
今度も声を上げたのはベルだ。
「だから、気になることがあんなら遠慮なく言え。なんだ?」
「うん」
シャンタルはそう言われてもまだ何かを気にする素振りを見せたが、やがて思い切ったように口を開いた。
「一人だけが知っている場所」
一度シャンタルはそこで言葉を切り、部屋の全員を見渡した。
「トーヤの手紙にそうあったでしょ?」
「ああ、そう書いた」
「それを見て、私だけが知ってる場所、そう思って探したんだ」
「うん、そんで?」
「それでここに着いた」
「うん、そうだな」
「ということは、私が自分だけが知ってると思った場所がここだってことだよね? それで合ってるよね?」
「ああ、そういうこったな」
「それが不思議で」
シャンタルがそう言ってまた言葉を切る。
「私がね自分だけが知っている場所と思ったのは、それは、次代様の親御様のところ、そう思ったんだよ」
「そうか」
「なのに、来てみたら違った。ここは次代様のところではなく当代のところだよね? どうして?」
シャンタルが珍しく困った表情を浮かべている。
「まあな、色々事情はあんだが、今はまだ言えない。そんでいいか?」
シャンタルはどう言っていいか分からず黙ってトーヤの顔を見つめていたが、やがてもう一度口を開いた。
「それから、私は託宣の場所を口にしたことがないんだよ。なのにどうしてその場所が分かったの? 不思議なんだけど、それもどうしてか教えてもらえないの?」
「なあに、聞いてみれば不思議でもなんでもないことですよ」
横から声をかけられシャンタルがラデルを見た。
「次代様の親御様はここに住んでいた、それだけのことです」
ラデルがシャンタルを見つめながら淡々とそう言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます