17 分かれ道
「話はもうそれで終わりですか?」
「あ、はい」
「それじゃあ私は植物園に行きますので、何かありましたらそちらに頼みますね。やれやれ、面倒なことが起きなければいいんですけどね。最近は、リュセルスの街も色々と騒がしいようで、おかげで研究が遅れ気味なんですよ、困ったことです」
フウは言うだけ言ってしまうと、勢いよく歩いて行ってしまった。
『どうでしょう、フウ様でよかったとは思いませんか?』
その威勢のいい後ろ姿を見つめながら、セルマはミーヤの言葉を思い出していた。
『セルマ様の復帰のために、キリエ様はフウ様を選ばれたのだと思います』
ミーヤはそうも言っていた。
今となっては、その言葉は正しかったのだとしか思えない。フウ以外の誰が取りまとめになっていても、自分に味方をしてくれるなどということはしてくれなかっただろう。
そう、フウは自分の味方なのだ。味方ではないとしても、少なくとも敵ではない。ミーヤが言っていた通り、キリエがそうしてくれたのだと実感する。
『どうぞお分かりください。キリエ様はずっとセルマ様の身を案じ続けていらっしゃいます』
ミーヤが言っていたことは嘘ではないのだろう。そう思うしかない。
「だけど……」
セルマはふいに一言だけそう口に出す。
それならばなぜ、キリエは「最後のシャンタル」のことに知らぬ顔をしているのだろう。神官長のように行動を起こそうとしないのだろう。その点だけがどうしても納得できない。
今のセルマの心の中には、以前のようにキリエを憎み、蔑む気持ちはなくなっている。だが、その一点だけが、どうしても疑念として残り続けるのだ。
神官長が言う通り、やはりキリエはこの後の世界のことは、自分がこの世にいなくなってからのこと、そう思って知らぬ顔をしているのではないか、そう思う気持ちが消えることがない。
セルマは今、二つの心の間で揺れていた。ミーヤに言われたようにキリエを信じたいと思う心、そしてもう一つは神官長が迎えに来て、元通りの生活に戻りたいと思う心。
おそらく本心では、この宮に入って以来ずっと尊敬し、そうなりたいと憧れ続けた侍女頭、その人を信じたいと思っている。自分でもその自覚がある。だが、そうするにはやはり重いのだ、神官長から聞いたあの「秘密」は。
神官長がセルマに話したのは、マユリアから三代続くシャンタルの両親が同じ方である。その事実だった。初めて聞いた時には信じられなかった。
呆然と自分に神官長はこうおっしゃってくださったのだ。
『あなた以外にはないと思っています、それはあなたの真摯なお勤めの姿勢を見ていたから。だからあなたを選んだのです』
そう、神官長は自分を見込んだ上で重大な秘密を話してくださった。その信頼に答えたい、そう思ったからこそ
セルマはふいにめまいを感じてふらついた。ふらついただけではなく、思わず廊下にしゃがみこんでしまった。
(こんなところを誰かに見られたくない)
自尊心の高いセルマはそう思うのだが、体が思うように動いてくれない。
もしも、こんなところを見られたら、きっと勘違いされてしまう。自分はこの国の、この世界の未来のことを思い、その重みにつぶされそうになっているのだ。だが今のこの状況では、同じ役職、取次役に戻りながら、その実は全く違う、その悔しさや情けなさでつぶれていると思われる可能性がある。
立たなくては。自分はそんな愚かな者たちに負けるわけにはいかない。
セルマは必死に足に力を入れ、なんとか立ち上がった。
(ほら、立ち上がれたではないか)
まだ歩き出そうとするとふらつく足が、もう少し力を取り戻すまでその場に立って待つ。そして少しずつ歩き出す。
今はまだ進む道は見えない、定まらない。だがとりあえずは、見える方向に歩いてみるしかない。そうすればきっと、答えは出るはずだ。
セルマはゆっくりと、取次役の待機室へと戻っていった。
フウが取次役取りまとめの仕事を終え、やっと念願の植物園に腰を落ち着けた頃、キリエが尋ねてきた。
「あらまあ、どうなさいました。今、お忙しいのではないのですか? 私も忙しいですけどね。お会いできるのは光栄ですが、お互いに邪魔にならない程度の時間でお願いいたします」
キリエはフウの相変わらずの物言いに軽く声を上げて笑った。
「セルマの様子を聞きに来ました」
「そうだとは思ってました。わざわざいらっしゃらなくても、今日の報告の時にまとめてと思っていましたのに。まあ、問題はないですよ」
セルマが食事係に行くと聞き、後を追って行ったことは一言も言わない。
「そうですか。おまえが付いていてくれたら、何も問題はないと思いましたが、少しは気になったものでね」
「はい、何も問題はございません。ただ、今セルマは分かれ道におりますね」
「分かれ道?」
「はい。今はおそらく、どちらの道へ進むかと考え中だと思います。人間、そう簡単にどっちこっちと決められるものではないですからね。まあ、信用して見守るしかないのでは?」
「そうですか」
フウの観察眼を信じ、キリエは少し待つことにした。
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