21 酸っぱいぶどう
キリエが奥宮のシャンタルの私室を尋ねたその翌日、もう宮の中には噂が広がっていた。
「侍女頭のキリエ様がその席を次の方に譲りたいとおっしゃったそうです」
「シャンタルもそれをお認めになったとか」
キリエも、シャンタル付きのネイとタリアも、そしてもちろんラーラ様やお二人の
翌日の午後、早速アーダがその話をトーヤたちにも伝えた。
「そうか」
決しておかしくはない。むしろ遅いぐらいだ。本当なら八年前、キリエはその重荷を下ろし、北の離宮でゆっくりと甘い菓子などつまみながら、若い人の相談役などをしていてもよかったはずなのだ。
それが、この世の大きな出来事のおかげでこの日まで荷物を背負い続けることとなった。トーヤたち光にあの空間に呼ばれた者は、そのおおまかな理由を知ることができた。だが、キリエは今もまだ、実際は何があるかを知らぬまま、ただその務めを終えるまで、じっと沈黙を抱え続けている。
「まあ、おかしな話じゃねえしな」
「そうだね」
トーヤにシャンタルが相槌を打つ。
「ですが、それだけではないと思うんです」
昨日、トーヤたちにキリエを心配したミーヤは自分が知ることを打ち明け、それは今朝この部屋に戻ったディレン、ハリオ、それからアーダにも話された。
「キリエさんが一体何を知って何をしようとしてるのか、それが分からんことにはどうにもな」
「けど、予想はつくよな」
「ああ」
トーヤとアランが深刻な顔を見合わせる。ベルも2人の顔を見てきゅっと表情を硬くした。シャンタルはいつものように見えるがその真意までは分からない。
「予想って、一体どんなですか?」
アーダが恐る恐る聞く。
トーヤとアランは黙って顔を見合わせていたが、アランが小さくうなずくと口を開いた。
「最悪は相打ちですかね」
「あの、それは一体どういう」
「命をかけて相手を倒す、命がけってことですよ」
「そんな……」
「あ、最悪ですから、最悪の場合、ですよ」
アランが急いでそう言うが、アーダは体から力が抜けたようで、その場にくずおれそうになる。それを横にいたディレンとハリオが急いで受け止め、支えた。
「いきなりきつい話で申し訳ないが、あの人ならそのぐらいのことやりかねねえからなあ。そのぐらいに思ってかかった方がいい。そうでないと最悪のこと、やらせかねない、そういうことだ」
トーヤが静かにアーダにそう言って聞かせる。アーダに向かってはいるが、その言葉はその場にいる全員、つまりミーヤやディレン、ハリオにも聞かせている。特にもう一人の侍女に。
「なんにしろ相手が
「あ、相手って誰なんでしょう」
アーダが震えながら聞くと、トーヤが困ったように笑いながらこう言った。
「キリエさんだよ、あの人の裏をかいてどうにかしてやろうってのは、そりゃ難しいと思うぞ」
トーヤたちがキリエの心配をしている頃、昨日、宮を追い出されたヌオリたちの耳にも侍女頭の
「あの侍女頭がか」
ヌオリが苦々しそうにそう言う。
あの侍女頭のせいで、自分たちは高貴な身分の者にあるまじき屈辱を味わわされたのだ。おそらく、そのこともあったので、あの者はあれほどの強気に出たのだろう。
「まあ、どちらにしても我々には関係のないことだ」
あえてなかったことのようにヌオリはそう言った。そう、忘れたいことだ、忘れてしまえ。
「まあ、ちょうど戻ってきて行動を起こそうとしていた時だったし、戻るきっかけをもらえたのはよかったと言えるだろう」
「ええ、本当ですよ、これも天のお導きだった、そう思います」
ヌオリの言葉に妹が元行儀見習いの侍女であったカベリもそう言う。
ライネンはいきなり仲間の5人が戻ってきて、しかもそのうちの2人がケガをしていたので何があったのかを尋ねたのだが、5人は
まあ、何があったにしてもヌオリたちが戻ってきてくれてよかった。自分一人、ここであの前国王の恨み言を聞かされ続けるのには、もう飽き飽きだ。
「それじゃあ、ついに動くんだな」
ライネンはリーダーであるヌオリに確認する。
「ああ、まあな」
まだ、なんとなく頼りない返事ではあるが、とりあえずそうらしいと一応自分を安心させる。
「じゃあ、どこからどう動く」
「まあ待て」
ヌオリが自信たっぷりな表情で、両手を上げ落ち着かせるような仕草をする。
「民を動かすのだ、そのために民に国王陛下がいかに素晴らしいお方で、今の皇太子がいかに非道な手段で王座を掠め取ったかをもう少し街に流してからだ」
ライネンは、まだそんなことを言ってるのかとジリジリするが、ヌオリに全てを任している今、黙って聞いてるしかないのかと思う。
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