第五章 第四節
1 やるべきこと
その頃、リュセルスの街中には新たな噂が流れ始めていた。
それは、新しい若い国王が、父王を追い出して自分がその座に着くために一体何をしたか、それを事細かに説明したビラがあちらこちらにまかれたからだ。
「じゃあ、今の王様はそのために真面目に勤めてる王宮衛士をクビにして、自分の言うことを聞く者ばかりにした、そういうことなのか」
「そうらしい。そのためにない責任を押し付けられてこの世を
「そうそう、そのために家族はみな絶望して亡くなり、特に元王宮侍女だった姉さんまで、そのことを恨むと言って自害なさったそうだ」
「本当なんだろうか、その話」
「本当だ」
一人の男が輪の中心でそう請け負う。
この男は以前、ハリオとアーリンが色々な話をした男、あの王宮侍女と王宮衛士の話をした男だった。
「俺の知り合いに王宮衛士がいるんだが、その男が黙っているのに耐えられんとその話をしてきたんだ」
「いや、だって信じられないよ、あんないい王様がそんなこと」
「いや、ご立派な人だと俺もよく知ってるよ。だってな」
男はそこで一つ息を整えると、思い切ったというように続けた。
「俺は、実は元王宮衛士だからだ」
「ええっ!」
話を聞いていた男たちが目を丸くして息を呑む。
「本当だ」
「いや、だって、あんた」
「ああ、今まではさすがに名乗れなかったんだが、次代様もご誕生になり、もうすぐ交代がある。それまでに本当のことを知らせたくて言うことにした」
元王宮衛士だと名乗る男を取り囲む、10人ほどの男たちが困ったような顔を見合わせる。
「信じられなければ信じなくてもいい。だが、俺は本当のことを話す。なぜなら、本当のことをみんなに知ってほしいからだ」
男たちは元王宮衛士の話を黙ったまま聞いている。
「俺だって今の王様がどれほど努力なさってきたかよく知っている。さっきも言ったように王宮衛士だったからな。本当に素晴らしい方だと思う、いや、思っていた。だが、そんなひどいことをした原因が、全てマユリア欲しさだと知って失望をしたんだ」
「いや、だってさ、それを言ったら前の王様だって、あの花園だぜ?」
「ああ、マユリアお一人じゃなく、そりゃもうたくさんの側室をお持ちになってらっしゃったじゃないか」
「前の王様が、その花園のために何かひどいことをしたか?」
「いや、それは……」
実際のところは分からない。もしかしたら、いやいや後宮に入った方もあるかも知れない。だが、そんな人の心の内までは分からない。
「少なくとも、
それはそうかも知れないと皆も思う。
「前の王様はいい方だったよな」
誰かがポツリとそう言った。
「そうだな、その御世の間、これといって問題もなく、平穏無事な時代が続いた」
「そうだったな」
「それが、そんな天に唾するようなやり方をなさった王様と交代してみろ、どんなことがあるか」
男たちが互いに顔を見合わせる。
「なあ、じゃああんたは一体、俺らがどうしたらいいって言ってんだ?」
「なあに、簡単なことだよ」
元王宮衛士は言う。
「どちらが正しいのかご判断ください、そう宮へ訴えればいい」
「ええっ、シャンタル宮にかい!」
「そうだ」
「いや、だって、なんでそんなこと」
男はやっと自分が本当に言いたいことを口にした。
「若い王様、父王様、どちらが正しいのか、そんなことは俺らには分からない。そうだろ?」
「ああ、まあ、そりゃそうだな」
「だったら後は神様に頼むしかないだろう、シャンタルに」
「いや、だってな」
また男たちが困った顔を見合わせる。
「当代は託宣をされないから、か?」
あまりにも直接的な言葉に周囲の男たちがギクリとした顔になる。
「なんだ、何を恐れてるんだ」
「いや、だってな」
「なあ」
「失礼だってか?」
またそのままの言葉をぶつける。
男の周囲はなんともいえない雰囲気になった。
それはそうだろう、王様とシャンタル、両方に向かってあまりにも失礼な言葉の羅列だ。
「なあに、何も恐れることはない。よく思い出してみろ、俺は何か間違ったことを言ったか?」
言われても、どう反応していいのか分からない。
「王様は人の中で一番偉い方だ」
周囲の者はまた男の声に耳を傾ける。
「だが、人は間違うこともある。それがたとえ王様だとしてもな。だからそれを天に問うんだよ」
そんなことをしてもいいものなのだろうか。男たちはやはり顔を見合わせるばかりだ。
「今の王様はとても立派な方だ。だが、間違えたこともなさった。前の王様は立派な方ではあるが、あの花園が気にかかる。では、天にどちらがこれからのこの国にふさわしい方かを尋ねるんだ。俺らには決められないからな」
男はもう一度「やるべきこと」を口にした。
「当代シャンタルは、それは先代のようにたくさんのことを託宣はなさらなかった。だが、きちんと次代様のことは託宣なさった。それはきっと、こんな国の大事に関わるような大きなことを託宣なさる必要があったからだ、俺はそう思っている。きっと正しい道をお示しくださるはずだ」
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