19 荒れるリュセルス

 マユリアと次の侍女頭について話をした翌日、キリエは月光隊隊長のダルから、思いもかけない報告を受けることとなった。


「ごめんなさい、もう一度言ってください」


 あの鋼鉄の侍女頭が、そう言って聞き返すような事態が起きていた。


「はい、前国王派と現国王派がとうとうぶつかりました。昨夜、リュセルスの広場で数十名が揉み合いになり、憲兵隊と月光隊でなんとか騒ぎを治めましたが、ケガ人が多少出たました。それから、どうしてもやめようとしなかった者を数名、憲兵隊の詰め所で留め置いています」

「そうですか」


 キリエはなんとかそう答えたものの、まさかこのリュセルスで本当にそのような騒ぎが起こるとは思っておらず、かなり驚いていた。


「酔っ払いのケンカとかなら今までもあったんですが」


 ダルも困ったようにそう言う。


「それで、その者たちの処分はどうなります」

「はい、憲兵隊によりますと、2名は少しばかりきつい処罰になりそうですが、残りは明日にも解き放たれるだろうとのことでした」

「その2名は何をしました」

「それが……」


 ダルが言いにくそうにする。


「どうしました」

「いえ、それが、なんでも武器を振り回して、相手に殺してやる殴りかかったそうです」

「なんということでしょう」


 キリエはため息をつく。


「分かりました、報告ご苦労さまです」

「はい」


 ダルが退室すると、キリエはマユリアの応接へと向かった。リュセルスの街での騒ぎを報告しなければならない。普通のケンカやちょっとした騒ぎならば、いちいちそのようなことを報告する必要はない。だが、今回の騒ぎは普通ではない。だから月光隊からも侍女頭に報告が上がってきたのだ。


 足が重い。今の主にこんなことを報告して負担をおかけしたくはない。だが行かねばならない。


 キリエはマユリアにできるだけ淡々と事実だけを告げた。


「そうですか」


 美しい主は悲しい顔で侍女頭の報告を受けた。そして今日は休みますと言うと、私室へ入られてしまった。


 やはり今のマユリアは普通ではいらっしゃらないようだとキリエは思った。そしてそんな主にこんな報告をしなくてはいけないことがなんともつらい。


 マユリアが最近よく不調を訴えていることが、少しずつ前の宮にも聞こえるようになってきた。

 やはり二期目の任期がご負担なのだろうか。少し前まで全くそのようなご様子は見えなかっただけに、侍女たちも不安になる。


 次代様がご誕生になったというのに、一向に交代の日の発表もない。そういえば取次役のセルマ様はどうなったのだ、侍女頭の交代の話は。一体何がどうなっているのだろう。


 リュセルスだけではなく、宮の中も落ち着かなくなっている。


 マユリアがまた寝付かれて数日後、やっと床上げをしたマユリアがキリエを呼び出した。

 美しい主は見た目だけはいつものように輝くようなご様子で、そして病気でやつれた様子もない。


「よく来てくれました」


 マユリアは応接のソファに座ると、キリエにも前の席に座るようにと促した。


「今日はおまえに少し話があります」

「はい」


 マユリアはキリエに向かって優しく微笑むと、キリエには信じられない言葉を口にした。


「国王陛下との婚姻を、お受けしようと思います」


 キリエはすぐに返事ができなかった。

 今、主はなんとおっしゃったのだ?

 自分の聞き間違いではないだろうか。


「いいえ、聞き間違いではありませんよ」


 マユリアは美しく微笑むと、キリエの様子がおかしいという風に、クスクスと笑った。


「いえ、ですが」


 キリエはやはり言葉を選ぶことができない。


「リュセルスの街の騒動。それほどまでに民は不安を感じているのでしょう。その気持ちはよく理解できます」


 マユリアが美しい眉毛を震わせて目を閉じる。


「八年前の先代のこと。国王陛下の突然の交代。前国王陛下の失踪。それから見えぬはずの宮での出来事。民はきっと、そのいくつもの出来事に耐えかねているに違いありません」


 マユリアの言うことは正しいとキリエは思った。


「そう思いませんか?」

「はい、確かに」

 

 認めるしかない。


「わたくしは何のために今ここにいるのか、それは、民のために何かをなすためではないか、そう思いました」

「ですが、そのために後宮にお入りになるというのは」

「まあ」


 マユリアは少し目を大きく見開いて驚いた顔をし、そしてまた笑った。


「いいえ、そうではありません」


 微笑んだまま、美しく首を左右に振った。


「わたくしが申しているのは、女神マユリアとシャンタリオ国王の婚姻です」

「え?」

「神官長が申していたこと、マユリアが人の世界に一歩歩み寄り、王家の一員になってほしい、その話です」


 そちらの方かと思いながらも、キリエにはどう受け止めていいのかが分からない。


「マユリアが王家の一員になり、この国の民に歩み寄る。そのことで民が神をより身近に感じ、気持ちを落ち着かせてくれるのなら、それもまた神の使命ではないのかと思いました」


 そうなのだろうか。

 まだキリエには分からない。

 そのマユリアの決意が正しいのかどうか。


 ただ黙ってマユリアを見つめるキリエに、美しい主はただ美しく微笑むだけであった。 

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