12 蜘蛛の巣の先

 温かい光の中、また慈悲の雨が降る。


『あなたたちはいつも力を与えてくれる』


『わたくしがここでこうしていられるのも、あなたたちがいるからなのでしょうね』


『もしも、あなたたちから力をもらえていなければ』


『すでにこの空間を保つ力すら、なくしていたかも知れません」


「そんじゃ、その力のあるうちに話の続きだ。命だの体だのはなんとなくそういうのだって分かった」


 トーヤがぶっきらぼうにそう言う。まるであえてこの場の空気に飲み込まれまいとしているような、そんな乱暴な口調だった。


「あと俺が知りたいのは2つだけだ。まず1つはマユリアのことだ。当代の中にいるマユリアな。そのマユリアがなんだか衝撃を受けて、それで何かを考えてる。そのことに関して、あんたに分かることがあるならそれを簡単に頼む。それからもう1つはこいつのことだ」


 トーヤがシャンタルの肩に右手を置いた。


童子どうじってのがどういうのかは前に聞いた。そういうのはちょこちょこある、そういう風に受け止めたんだが、それでいいか?」


『ええ、その通りです』


『いくたりと数を上げることはできませんが、確かに童子はこれまでにもあることです』


「つまり童子ってのは、元々が神様の種だとしても、この世に生まれちまったら、普通の人と変わらねえ。そういう解釈でいいよな。けどあんたの一部って言っていいこいつと当代マユリア、そういうのは今までなかった。だからあんたにもこいつらがどうなるのか分からねえ。それでも、できたらあんたの分かることだけでいい。それを頼む」


 トーヤの知りたいことは明白だ、ただマユリアとシャンタルのためにいい道があるならそれを教えろ、そういうことだと全員に理解できた。


「あんたも今では自分の運命が分からないそう言ってたよな。けど、俺らより少しは分かることがあるんじゃねえの? ってか、そもそもはマユリアが衝撃を受けた、それが最初の一滴だったって話から、その説明になったわけだ」


 その通りだった。


「その説明のために命だの体だの、そういう話が必要だったのは分かった。おかげでなんとなくだが雰囲気はつかめたかも知れん。話をまとめると、マユリアがあんたの体に入って感じたその何かの違い、違和感、それが原因だった、そういう話でいいんだな」


『その通りです』


 光が認める。


『今ではあなたたちにも理解が出来たのではないでしょうか』


「なんとなくぼんやりと分かったような気がするだけだ」


 トーヤが冷静にそう言い切った。


「あんたとマユリア、そして俺ら人はなんか違うんだよな。マユリアはそのなんかに気づいちまった。それで何かを考えたんだ」


『その通りです』


「あんたにもマユリアが何をしようとしてるかは分からん、そんでいいのか?」


『そうとも言えますし、そうではないとも言えます』


「ほう」


 トーヤが少しニヤリとした。


「お得意のそれが出たってことは、全く分からんってことではない。そうだよな」


『そう言っていいと思いますよ』


 思いもかけない言葉であった。


 神であろうとも自分の運命を自分でどうすることはできない。そんな言葉を少し前に光は口にしていた。


『可能性の話です』


『わたくしには自分の運命に関わるこれから先のことは見えない』


『ですが自分と同じ次代の神ではない、マユリアの運命については見えることもあるということです』


「マユリアの運命? つまり、当代の中にいる女神マユリアの運命があんたには見えるってのか?」


『可能性です』


 光がそう言い終わると同時に、みなの頭上に蜘蛛の巣のような文様もんようが浮かんだ。


「なんだこりゃ」


 ベルがいつものように一番に口を開く。


『マユリアの運命、その可能性を示す道です』


 光の言葉と同時に、蜘蛛の巣の糸の一本が他の糸より明るく輝いた。


『今、一番強く光るこの道、これが可能性の中で一番強いもの』


「つまり、マユリアの運命はこの先こうなる可能性が高い、そういうこったな」


『その通りです』


 トーヤの質問に光が一言で答える。


『その一番高い可能性の先にある未来を』


 一番明るい糸の上を、中心から外へ向かって一層明るい光が走る。

 糸はどこまでも続いているようでいて、ある場所まで至るとその先は透き通るように、あるのかないのか分からないように見えるようだ。

 光はその場所で止まるとそのまま拡大し、その中にある光景が浮かんできた。


「マユリア……」

 

 誰の声だったのだろう。もしかしたら全員が同時にそう口にしていたのかも知れない。


 そこに浮かんでいたのはマユリアの姿だった。


 輝く玉座に座って嫣然えんぜんと微笑むその美しい笑顔は、まさしくみなが知るあのマユリア。

 その闇を集めた光のような黒髪は優雅に流れ、その頭上では王冠が燦然さんぜんと輝いている。

 額にはいつも付けている紫の額飾り。

 濃い紫に金の刺繍ししゅうで縁取られたドレスに、てんの毛皮で縁取られたやはり濃い紫に金のマント。

 優雅に持ち上げられた右手には高貴な紫の宝石で彩られた錫杖しゃくじょうを持ち、左手は玉座の肘掛けに軽く置かれて、白く輝くような指先が艷やかな彫刻を軽く掴むような形で添えられている。


「女王マユリア……」


 トーヤの声がその絵に吸い込まれるように消えた。

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