20 侍女の心当たり

「そうですね。『聖なる湖』は『マユリアの海』とつながっていると言われています。そんなこともあるかも知れません」


 ミーヤが苦渋に満ちた表情でそう言った。その隣でアーダは何も言えずじっとミーヤの顔を見つめる。そうすることしかできないかのように。


 それは、聖なる湖におられる御方、シャンタルかマユリアがそんなことをしたと認めるに等しいことだ。侍女としては認め難いことである。


「そうだな」


 トーヤはミーヤの言葉を言葉以上の重みを持って受け止める。


「そして、もう一つ。こっちはもっときついかも知れんが認めてほしい。シャンタルと俺を引っ張ってどうにかしようとしたやつ、そいつがマユリアの手をしてたのも間違いない」


 この言葉に今度はミーヤも何も言葉を発せないままだ。もちろんアーダはますます顔色を失い、やはり同じようにミーヤをじっと見つめる。同じ立場で先輩の侍女、ミーヤを見る以外にできることがないようであった。


「うん、そうなんだよ」


 またシャンタルがのほほんとそう言う。


 その顔はいつもと同じ。深刻なことを言っているつもりもなければ、まるでお昼に食べたおかずが何だったかとでも答えるように、こともなげに答えている。

 

 あまりののんきさのせいか、アーダが苦痛に満ちた顔をした。ミーヤはその隣で無表情だ。さすがに八年前、短くとも濃密な時を共にしただけに、多少はシャンタルのことを理解しているからこそ、なんとかそれで我慢を出来ているというところか。


「おまえなあ、もうちょっと言い方なんとかしろって言っただろうが」

「いたっ」


 ベルがシャンタルの頭を軽くだが張り倒し、そのことにアーダとミーヤが飛び上がるほど驚いた。


「そんでケンカになっただろうがよ」

「うん、そうだったね、ごめん」


 シャンタルが素直に謝ったことにまた驚き、今度は2人が椅子に張り付いたかのように動かなくなった。


「だから慣れてくれって」


 トーヤがそんな4人を見て楽しそうに笑った。アランはいつもと同じく普通の顔をしている。


「うん、シャンタルは本当にマユリアのことを心配してるんだけど、こいつ、こんなやつなんだよ」

「うん、ごめんね」

「い、いえ……」

「は、はい……」

「そんじゃ落ち着いたし、トーヤ続けてくれ」

「おう、了解だ、隊長」


 一悶着はあったが、どうにか話を続けられそうだ。


「そんじゃ続けるけど、無理だろうが少し力抜いて聞いてくれ。なんでかって言うとな、まだどれも推論でしかないからだ。もしかしたら本当のことは全然違うかも知れん。だけどその可能性がある。あんたら侍女にはきついだろうが、絶対にそんなことはない、そう思い込んだら見方を誤る。それはかえってシャンタルやマユリアのためにならんことだ、それを分かってほしい」


 トーヤはできるだけ柔らかく、そしてできるだけ厳しくミーヤとアーダに現実を突きつけた。


「……分かりました……」


 やっとのことでミーヤがそう言い、少し遅れてアーダも黙ってうなずいた。


「うん、頼む。でだな、今のところはそいつがマユリアの中にいて、神官長を動かしている、そう思ってる。ここまで、大丈夫か?」

「はい……」

「大丈夫です……」


 2人の侍女はあまり大丈夫じゃなさげに、それでもなんとかそう返事をした。


「そいつの正体が全く分からん。だけどそれをつきとめろ、そういうことだろうと思ってる。さて、じゃあそいつは誰だ? もしかしたら、あんたら侍女の方が何か心当たりがある可能性もある。どう思う」

「どうって……」

「ええ……」


 ミーヤとアーダは困りきった顔を見合わせるが、そこからなかなか言葉は出ない。


「もちろん知ってるだろうが、俺は八年前にここに数ヶ月いただけだ。シャンタルは十年いたが、そのほとんどが寝てた。アランとベルは来たばっかり。でもあんたらは今の年までずっとここにいて、宮に来て何年もになる。なんでもいい、なんかないか」


 確かにトーヤの言っていることはもっともだと思われた。


「ですが、そう言われても私たちにはマユリアの中にいらっしゃるのは女神マユリア、そうとしか」

「ええ、そうです。そのように習っておりますし、そのように思っております」

「侍女だけではなく、この国にいる者はみんなそうだと思いますが」

「やっぱりそうなるよなあ」


 トーヤもそうは思っていたが、あらためてそう言われると最後の希望の糸が切れたような感じがしてしまうのは仕方がないだろう。


「シャンタルの中には女神シャンタルが、マユリアの中には女神マユリアがいらっしゃる。そのための代々のシャンタルとマユリアの交代なのですし」

「ええ、外の御方は十年で交代なさいますが、中にいらっしゃる方は同じ女神。ですから侍女はその生涯に何代の方にお仕えしたとしても、同じ方を目の前にしているということになります」


 ミーヤもアーダもそれ以外のことは思いつかないようだ。


「ごめんなさい、どうしてもそうとしか思えないようです」

「私もミーヤ様と同じです。申し訳ありません」

「そうかあ、そうだよなあ。マユリアの中はマユリア、それしか思えねえんだよなあ、アーダたちは。侍女だもんなあ、しゃあねえよな」


 ベルが侍女2人の言葉にそう言った。

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