21 マユリアの中のマユリア

「マユリアの中はマユリア……」


 ベルの言葉にトーヤは何かが引っかかった。


「な、なんだよ。そうだろ?」

「ああ、そうだな」

 

 ベルにそう答えながらも、まだトーヤは何かを考えている様子だ。


「なあ、アラン」

「なんだ」

「俺たちは、ちょっとばかり考え違いをしてたかも知れん」

「考え違い?」

「ああ」


 トーヤは深刻な顔でアランにうなずいた。


「一体それはどういうことだ?」

「なあに、簡単なことだ。もうとっくに答えは出ていたかも知れねえってこった。さっきのベルの言葉でそのことに気がついた」


 アランは少しの間考えていたが、思いだしたようにハッとする。


「まさか……」

「おそらくそのまさかだ」

「嘘だろ……」

「俺も嘘だと思いたいがな」

「ちょ、ちょい」


 ベルがトーヤと兄の会話をおろおろしながら止める。


「どういうこったよ、おれが言ったこと? おれ、なんか言ったっけ?」

「ああ言った。さすが童子様だよな、ぽいぽいっとそうやって答えを出しやがる」

「ええー」


 ベルはうーむと腕を組んで考えるが分からないようだ。


「さっきベルが言ったこと……」


 ミーヤが青い顔をして、膝の上で右手と左手をそれぞれギュッと握りしめる。


「とても、怖い言葉だったと思います……」

「ミーヤ様……」

 

 アーダもなんとなく分かったようだ。凍ったような顔で右隣りのミーヤをじっと見つめている。


「そうだ、それだ」

「ちょ、ちょっと、おれだけなんだか分かってねえんだけど!」


 ベルは本当に何気なく口に出しただけだったのだろう。それだけにあまり意識に強く残っていなかったようだ。


「マユリアの中はマユリア」


 シャンタルがいつものように、普通にそう言った。


「え!」


 ベルが飛び上がるように椅子にもたれていた上半身を起こす。


「さっきベルはそう言ったんだよ」

「え! おれ、そんなこと言った? えっと、いや、いや、そういや言ったかも。けど、それがなんで……えっ!」


 ベルは混乱しているが、確かに言われてみれば言った、そんな記憶がある。いや、だけどそれは、本当にそんなことを言ったのか?


「つまりそういうことだ」

「言われてみればそれが一番しっくりくるよな」

「ああ」


 トーヤとアランはそう言ってお互いの判断を確認しあった。


 いつものすり合わせだ。状況を判断し、トーヤとアランが自分たちの判断が同じかどうかを確かめる。


「そうだね、そう考えるのが一番自然だよね」


 シャンタルだ。

 こんな時まで平然と、普通の会話のようにそうつぶやく。だが、では他にどういう反応をすればいいのかと聞かれても、答えることができる者はいないだろう。


「おまえはどう思う」

「お、おれ!?」


 トーヤに聞かれ、ベルが自分を指差したまま、ミーヤとアーダに助けを求めるように視線を送った。

 ミーヤは何も表情を浮かべることなくじっとベルの瞳を見つめ、アーダは困ったように視線を足元に下げてしまった。


「おい、おまえに聞いてんだよ。ミーヤとアーダに聞いてもしょうがねえだろうが」

「いや、だって……」

「いいからどう思うか正直に言ってみろ」


 おろおろするベルにアランが静かに尋ねた。


「マユリアの中はマユリア。なんでそう言った」

「なんでって……」


 なんでだろう。ベルは目をつぶって考えてみる。


「マユリアの中にいるのってどんなやつなんだろう、そう思って、そんで、そういや今はマユリアの中にはマユリアがいるんだなって、なんとなくそう思っただけで……」


 特に考えて発言したわけではない。ただ、ふっとそう思っただけだった。


「そうか」


 トーヤはそう言って黙ると、ふところから何かを取り出した。


 それはあの御祭神にもらった石だった。

 包んでいる布をはずして中身を取り出す。

 特に変化はない。


「特に光ってもねえな」

「そうだな」


 トーヤの手の上で、それはただ静かに留まっている。


「ってことは、マユリアじゃないってことじゃねえの?」


 ベルが恐る恐るそう言う。そうであってほしい、そう思うように。


「そうかも知れん。だが光らないには他の理由があるかもな」

「他の理由って?」

「そうだな。いくつかあるが、まずはおまえが言うように、あの光が言ってるのはマユリアじゃねえって可能性だ」

「うん」


 ベルはその理由であってほしい、そう思いながら返事をした。


「次は、あの場所に集まれないって可能性だ」

「集まれないって?」

「たとえば、ディレンとハリオとダルが船にいるから」

「ああ、なるほど、青い鳥かその石がないと飛べないからか」

「そういうことだ」

「そんじゃ次は」

「分からん」

「は?」

「分からんが、何か理由があるんだろう」

「はあ、相変わらずたよんねえなあ……」


 ベルが肩を大きく上下しながらそう言う。


「とりあえず、全員が一緒に飛べる状態の時にもう一度試してみる。まずはそれからだ」

「そうだな」


 アランも同意する。


「それと同時に、もしもそれがマユリアの中のマユリア、女神マユリアだとしたら、なんでそんなことをするのか、それも考えないとな」

「つまり、なんで女神マユリアが神官長を操って、乗っ取りを考えようとしてるか、だな」

「そうだ」


 トーヤをアランがそうして話を詰めていくのを、残りの4人は黙って見ていた。

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