4 とんでもない場所
小さなシャンタルは布団の中でドキドキしながら眠れずにいた。
ことの発端はこうだ。
「実はシャンタルにお願いしたいことがあります」
アランからのお手紙に、ある人をシャンタルの部屋で預かってほしいと書いてあったのだ。
その手紙の内容に、小さなシャンタルは思わず大声を上げそうになるほど驚いたが、その文章の前に、
「友達として秘密のお願いです、他の方には知られないようにしてください」
とあったので、かろうじて声を上げるのを押し留め、急いで小さな両手で口を押さえることに成功をした。
アランから頼まれたその方たちが、今夜、奥宮の最奥の神域であるシャンタルの私室に忍び込んでくる。そんな大事件を前にして、とても落ち着いてなどいられるはずがない。
(まさか、そんな物語の中のようなことが起こるなんて!)
普通の女の子だとしても、そんなことが起きるなんて普通の生活の中ではとても思いも寄らないことだ。それがまさか神の住まうこのシャンタル宮に、
(忍び込んでくるなんて!)
何度も何度もそう思い返してはドキドキして、侍女たちに知られないように平気な顔をするのに必死だった。そのことも生まれて初めての体験で、お休みの時間にいつものようにベッドに入ってからも、全く眠くならない。
時刻はもう深夜を過ぎた。シャンタルがお休みになるはずの夜の1つ目の鐘はとっくの前に鳴ってしまい、マユリアやラーラ様がお休みになる2つ目の鐘もはるか昔に鳴ったような気持ちになる。すでに夜の最後の鐘も鳴り終わり、夜番の衛士など一部の者以外はすでに眠りについている時間のはずだ。
(でも、全然眠くないわ)
小さなシャンタルはドキドキしながらその時を待つ。
(一体、どこからどうやって入ってくるのかしら……)
今、この寝室にはシャンタル一人でお休みになっている。少し前まではラーラ様が一緒に眠ってくださっていたが、今は隣の侍女室でお休みするようになった。
これはもうすぐシャンタルからマユリアになるシャンタルのためだ。マユリアになれば廊下を挟んだ向こうにある「マユリアの宮殿」に移り、そこで生活をすることになる。そのための練習だった。
以前の手紙にシャンタルはそのことを「とてもさびしいけれど立派なマユリアになるためにがんばります」と書いてアランに送り、アランは「さびしいでしょうががんばってください」と返事をくれたのだ。その言葉を頼りにシャンタルはがんばっていた。
(それなのに、こんなことが)
シャンタルはまたドキドキが大きくなるのを感じる。
夜の鳥がどこかで鳴いた。昼には聞いたことがないその声にシャンタルは少しビクッとしたが、もうすぐやってくる「ある人たち」のことを思うと、そんなことは全く怖いことではなくなってしまった。期待は不安に勝るのかも知れない。
きぃっ
寝室の扉が小さな音を立てた。
シャンタルはドキドキする気持ちを抑えながら、布団をそっとずらし、目だけを出して応接に続くその扉を見て見た。少し扉が開いている気がする。
すうっと音もなく扉がさらに開き、またすうっと閉じた。最後まで音を立てず、しっかりと閉じられたようだ。
誰かがそっと近づいて来る。
シャンタルはさらにドキドキしながら、
(本当に来たのだわ!)
と、そのことにあらためて驚いた。
「シャンタル、起きていらしゃいますか?」
聞いたことのある親しみのある声がそう言う。
「ええ、起きてます」
シャンタルがそう答えると、相手はかぶっていた布をそっと取って顔を出した。
「ベルです」
久しぶりに聞いた声にシャンタルも思わず笑顔になる。
「本当にベルなのね、久しぶりです」
しばらくお茶会にも来られず顔を見せてくれなかった異国からの客人が、アランに頼まれた「預かる人」の一人だった。
「そしてこちらがエリス様です」
ベルの後ろからゆっくりと近づいてくるのは、やはり頭からすっぽりと布をかぶった長身で細身の影だった。そちらは物言わず、そっと頭だけを下げている。
「お久しぶりです」
シャンタルはもう我慢ができず、布団を跳ね除けてベッドの上で上体を起こした。
『エリス様とベルをシャンタルのお部屋で預かってはいただけないでしょうか』
アランの手紙のその部分にシャンタルは声を上げそうになったのだ。
手紙には事情を説明してあった。
『エリス様を狙う一団がシャンタル宮の中にまで入り込もうとしています。これ以上どこに隠れればいいのかと考えて、とても厚かましいことだとは思いますが、シャンタルのお部屋なら安全なのではないかと思いました。エリス様とベルの2人を交代の日までの数日間、預かってはもらえないでしょうか』
その後のことはアランとルーク、手伝ってくれる人となんとかするとも書いてあった。
『どこで誰が聞いて見ているか分かりません。このことはシャンタルと、そしてラーラ様のお二人だけの秘密にしていただきたいのです。マユリアやキリエ様にもどうぞご内密に』
シャンタルは分かったと返事を返し、今夜のことになったのだ。
「そんなとんでもない場所に姿を隠すとは、さすがのキリエさんでも思わねえだろうよ」
とんでもないトーヤの策だった。
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