21 真の女神

「分かりました」


 マユリアがふっと一瞬目を閉じてからそう答えた。


「お分かりいただけましたか」

「もうこれで話は終わりですか?」

「はい、一通りは。この後は、この話をお聞きになられて、その上でマユリアがどうお思いになるかを伺いたいと思います」

「そうですか」


 マユリアは一度口を閉じ、そしてゆっくりと自分の意見を述べた。


「きっと、あなたはわたくしよりも前の代のシャンタルの時代から、そのような考えを持っていたのでしょう。心から、シャンタルとマユリアに失礼な視線を向ける方に憤りを感じていた。どうでしょう?」

「はい、それはもちろん! 私は心より、シャンタルとマユリアを外の国の方にも正しく見ていただきたい、そう思い続けておりました!」


 神官長が自らの心の内をぶつけるように、マユリアにそう答えた。


「あなたの心の内はよく分かりました。それほどにシャンタルとマユリアを尊く思ってくれている。その心をありがたいと思います」

「なんともったいない!」


 神官長がマユリアに平伏する。


「外の国と我が国では、神や王に対する考え方が違う、それゆえ外の国の方々はシャンタルやマユリアを尊ばないことがある。それは事実であろうと納得いたしました」

「では!」

「ですが」


 マユリアは喜びの声を上げる神官長をピシャリと止めた。


「それは違いがあるのだということ。それだけの話です。それで特に何かをしようとは思えません」


 マユリアは静かに宣言する。


「神官長は他の方の考えを全部知りたいと思いますか?」

「他の者の考えを全部、ですか?」

「そうです」

「いえ、それは特には」


 神官長はそう答えてから、


「ですが、大切な者や、例えば神殿に悩み事の相談をしに来る者の考え方なら知りたいと思います。その考え方を知り、その上で力になってやりたい、そうは思うかと。」

「そうですか」


 マユリアがその言葉を聞いてにっこりと笑った。


「わたくしも同じです。悩みを持つ者ならばその悩みを聞いてあげたい。大事な者ならばその者が心地よくあるように心配こころくばりをしてあげたい。悲しむ者があればその悲しみに寄り添ってあげたい。そう思います」

「はい。それはさようかと」

「わたくしは、外の国から来る方々が、どのようにシャンタルを、わたくしを見ているか、知りたいと申しましたか?」

「は? いえ、それは、特には」

「そうですよね」

 

 マユリアはにっこりとやさしく微笑んだ。


「わたくしは、シャンタルであった時、この国の者であろうと、外の国の方であろうと、また、その立場の違いも何も関係はなく、託宣を求める方の前で、必要であれば神からのお言葉を伝えよう、ただそれだけを考えておりました」

「はい、尊いお考えです」

「そしてそれは、わたくしだけではなく、代々のシャンタルがそうであったであろうと思います」

「はい、それはおっしゃる通りかと」

「そのわたくし達に、前もってこの者はシャンタルを飾り物と見ております、そのように伝えてきた人間は一人としておりませんでした」


 神官長はマユリアの静かな怒りを感じていた。


「あのようなことをわたくしに伝える必要はありましたか?」

「いえ、それは……」

「伝えなくても良いことをどうして伝えたのですか?」

「いえ……」


 神官長が返答に困る。


「では何故、今、その話を持ち出したのです」

「それは……」


 神官長が言葉に詰まる。


「それほど以前から思っていたのなら、もっと早くに言ってもよかったのではないのですか? 何故それが今なのです?」

「それは……」


 神官長には答えられない。


「その話を国王陛下にお聞かせしましたか?」

「…………」


 神官長は答えない。


 マユリアは小さくほっと息を吐き、


「おそらく、そういうことなのでしょうね」


 と、言った。


「そういうこと、とは?」

「あなたはわたくしに、国王陛下との婚姻話を了承させるために、そのような話を持ち出したのではないのですか?」


 マユリアは厳しい目を神官長に向けた。


「形だけでも婚姻を済ませれば、わたくしが人に戻ったのちにそのお話を飲むだろう、そう考えたのではないですか?」

「確かに、国王陛下にはそのようにお話しいたしました。ですがそれは違います!」


 神官長が必死に声を上げた。


「そのようにとは?」


 神官長がうなだれながら話を続け、


「国王陛下には、女神マユリアと王家の婚姻のことをお話しし、もしもそれが成ったなら、そのままマユリアも、つまりあなた様、当代マユリアも気持ちを決めてくださるだろう、そうお話しいたしました」


 素直にそう認めた。


「ですが、それは逆なのです。女神マユリアを王家の一員として受け入れていただく、その為に陛下にそう申し上げたに過ぎません。そちらが私の本来の目的なのです」


 どうやら嘘ではなさそうな様子ではある。


「では、わたくし個人ではなく、先ほど言っていたように、代々の女神マユリアを王家の一員にする、それこそが目的で、国王陛下にはその為に偽りを申した、ということですか」

「いえ、偽りではありません。私が女神の国の頂点に立っていただきたい方、それはあなた様です。ですから、あなた様を真の女神に成す為に、そのように申したのです!」 


 神官長が血を吐くようにそう訴えた。

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