6 抉る
「合ってるな」
とだけトーヤがボソッと答えた。
「確かに俺もその場面を見た。夢でも見た」
「夢でも?」
アランはトーヤの言葉を聞き逃さなかった。
「ってことは、夢で見た他に違う形でも見たってことか?」
「さすがアラン」
いつもの口癖が出る。
「見たってか正確には聞いたかな。まあ、どっちにしてもそんな感じだ」
「聞いた?」
「ルークのことを思い出してたらルークの声が聞こえたんでな」
「そもそもそれだよ、ルークってなあ、誰なんだよ? トーヤがこっち来る船で一緒だったってことだけはなんとなく分かるけど、あの名前もその男から取ったのか?」
「分からん。自分ではルギとそう遠くない名前でありふれた名前を選んだつもりだったけどな」
「ルギ」
その言葉に思わずシャンタルがクスリと笑った。
「じゃあ意識してなかったってことなのか?」
「そうだな。今度言われるまで思い出しもしなかった、八年間ずっとな」
「言われるまで? 誰に言われたんだよ」
「そのへんがな、う~んと」
トーヤがガリガリと頭をかく。
「どこからどの程度話していいもんかねえ」
「なんだよそれ」
「とりあえずルークという名の男はいた。そして夢の通りに1枚の板をはさんでそういうことがあった」
「じゃあ板を取り合ったってのは事実なんだな」
「取り合ったわけじゃねえらしい」
「トーヤが自分から板を放していたように私には見えたよ」
シャンタルがそう言う。
「そうらしい」
トーヤが苦笑いでそう答える。
「俺はシャンタルから聞いただけでその場面を見たわけじゃないからな。だけど普通とちょっと違うように思うぞ、それは」
アランがいつものように冷静に分析する。
「嵐の中、トーヤとルークは船から海に放り出された。そして溺れまいとして必死で1枚の板に手を伸ばした。そうしたら自分以外にももう一人がその板をつかんでた。ここまでは合ってるか?」
「ああ」
「そうしたらな、そういう場合、もしも板が両方の体を支えられるなら二人で掴まってるんじゃないかと思う。板の大きさはどんなもんだった」
「戸棚の扉ぐらいだな」
「二人は支えきれないぐらいか?」
「多分な」
「ってことはだな、そういう場合は手を放した方が助からない可能性が高くなる。だから取り合いになるってのが普通の状態だと思う。けど、シャンタルに聞いたところによるとだな、トーヤは自分から手を放したってんだ。そうなのか?」
「そうらしい」
「らしい?」
「俺もあの時のことはそうはっきり覚えているわけじゃねえが、手を放した覚えはなんとなくある」
「なんでだ?」
アランが驚いてそう聞いた。
当然だろう。手を放したら死ぬかも知れない状況で、自分からわざわざ手を放す人間がいるなんて考えられない。
「どうしてだろうな」
トーヤが苦笑する。
「分かんねえのか?」
「分からん」
トーヤは本当は心当たりがあったのだが、それを話すと思い出したくないこと、言いたくないことまで話さなくてはならなくなる。それが嫌だった。
アランはなんとなくトーヤが話したくないのだなと分かって、そこで話を終えようとした。
だが……
「ルークには家族がいたんじゃない」
シャンタルがさらっと言う。
「おまえ……」
アランがその一言にギョッとした。
トーヤが手を放した理由。
それはきっと、ルークには待つ人がいた、帰る場所があった、それだったのだろうと気がついたのだ。
「そうかもな」
トーヤはそれだけ言って口をつぐむ。
それがアランには「そうだ」と言っているようにしか思えなかった。
トーヤは優しい人間だ。
見た目は粗暴で必要な時には通り名の「死神」のように冷酷にもなる。
だがその真ん中には優しく慈悲深い「トーヤ」という人間がいるということを、アランもベルもよく知っている。
だからこそ、気づいたとしてもそれは言ってはいけないことな気がした。
「まあ人ってのは自分でも何してるか分かんねえこともあるしな」
アランがやっとそれだけを言う。
「とにかく、シャンタルが見たって夢がトーヤが見て送ってきた夢だってことは分かったから、もうそれでいいよ」
「違うよ」
アランが話を終わらせようとしているのに、またシャンタルがピシャリとそう言う。
「何がだよおまえ、話聞いてそうだったって分かったじゃねえか」
アランがこれ以上シャンタルに何かを言わせたくなくて、そう言って黙らせようとするが、
「うん、私はてっきりトーヤが送ってきたんだと思ってたけど、話を聞いて違うと分かった」
シャンタルは遠慮なくそう言う。
「トーヤの夢だろうが」
「そうだね。だけど、それを見せた何かがいる」
シャンタルはきっぱりとそう言い切った。
シャンタルのこういうところだ、とアランは思う。
シャンタルは見た目は
だが、時にこうして本当なら踏み込んではならないかも知れない、自分なら気がついてそれ以上は触れないだろう部分を深く、深く
それはまさに人を深く慈しみながら、必要ならば天罰を与える神のなせることに似ている。
シャンタルを見ながらアランはそう思った。
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