11 たとえ闇だとしても

「へ?」


 沈黙の中、ベルのその言葉だけが浮かび上がった。


「えっと……」

 

 さらにベルの言葉が聞こえ、消えていった。


「つまり、マユリアと私は元々一人だった、そういうことでいいのかな?」

「おい、びっくりするな!」


 いきなりシャンタルがそう聞いたので、ベルが驚く。


「いや、おまえだけじゃない、俺もびっくりした」

「俺もだ」


 トーヤとアランも同じく驚いていた。


「いや、本当だったらそれが普通なんだよな、何しろ自分のことだし」

「そうだな、けど、こいつ、今までが今までだから、いや、本当にびっくりした」


 続けて2人がそうも言った。


「そうだね」


 言われた本人がくすくす笑って続ける。


「だけど、さすがにこれはみんな聞きにくいんじゃない?」

「いや、それは……」

「だって、聞きにくいよね」


 その通りだった。


 「創世記」にあるように、この世を生み出した神がその身を裂いて光と闇が生まれた。


 もしもそれと同じだとすると、


「マユリアは光、私は闇ってことになるよね」


 誰もが思っても口に出せなかったことをシャンタルが口にした。


「そんなことねえよ!」


 ベルが大声でそう否定する。


「さっきも言っただろうが、おまえは淀みでも穢れでもねえ! そんでこの神様も違うって言ってたじゃん!」

「うん、淀みと穢れの結果ではないとは言ってくれた。でも闇ではないとは言ってないよ?」

「う……」


 確かにそうだった。


「そ、そんなの……」


 ベルが一生懸命何かを言おうとするのだが、確かにそれ以外に受け止められない真実に、それ以上、何をどう言えばいいのかが分からない。


「ちょいまち」


 トーヤがうろうろしているベルの肩に両手を置き、視線はシャンタルに向ける。

 黒い瞳が緑の瞳をじっと見つめる。


「安心しろ、誰もおまえのことを闇だなんて思ってない。たとえ、おまえの元だって神様がそう言ってもな」

「トーヤ……」


 ベルがホッとしたようにそう言うと、その濃茶の瞳が浮かんできた涙でうるむ。


「だよな、そうだよな! おれら、ずっとこいつと一緒にいて、そんなこと思ったことないもんな!」

「ああ、こんな能天気な闇、見たことねえや」


 ベルの言葉にかぶせるようにアランもそう言って軽やかに笑った。


「だよな?」


 トーヤが自信たっぷりに女神に聞く。


『ええ、その通りです』


 女神が晴れやかに、幸せそうにそう答えた。


『そう言ってもらえてとてもうれしいのです。そう理解していただきたくて、長い話をしていました』


「ああ、分かったよ。あんた言ってたもんな、何より尊いのは光と闇だって」


『その通りです』


 女神が全身の喜びを表すように美しく笑う。


「ほんとにマユリアとそっくりだな、当然だが」


 トーヤが気楽そうにそう言って小さく笑った。


「じゃあ、こいつはなんなんだ? ってことになるんだが、詳しく説明してやってくれねえかな。でないと、こいつは自分のこと闇だって思っちまうだろ」

「うん、いくら『黒のシャンタル』って呼ばれてるからって、そりゃあんまりだよ」

「だよな」


 トーヤの言葉に仲間2人がそう言い添える。

 

 シャンタルはそんな3人を、何を考えているのか分からない緑の瞳でじっと見て見ている。


『分かりました』


 女神の声は喜びを帯びている。


『うれしいのです、本当に』


 その声でもう一度そう言った。


『わたくしの半身、マユリアと対の黒のシャンタル……』


 女神がシャンタルをじっと見つめる。


『愛されているのですね』


「ええ」


 緑の瞳が女神の黒い瞳をしっかりと見つめてそう答えた。


「私は幸せらしいですよ。ラデルさんに……」


 そう言ってシャンタルが一度言葉を切り、


「私の父にそう言われました」


 トーヤもベルもアランもその言葉に息を呑んだ。


 マユリアとシャンタル、そして当代と次代のシャンタルがラデル夫妻の子だと聞いてからも、一度もシャンタルは「父」という言葉を口にしたことがなかったからだ。


「父、でいいんだよね?」

「へ?」

「ああ、そうだな」

「だな」


 そう聞かれて仲間の3人がそう答える。


「宮から逃げて、父の工房に世話になった時、いつもの調子の私たちを見て、父が、お幸せですね、と言ってくれたんです。それまでの私は、幸せというものが何かとか、考えたこともなかった。でも、そう、多分幸せだったんです」


 シャンタルが美しい笑顔を浮かべた。


「幸せというのはなんだろうと考えました。そしてそれは、きっと愛する人がいて、愛してくれる人がいるからなんじゃないか、そう思いました。その愛してくれた人はラーラ様で、マユリアで、キリエで、ミーヤやリル、アーダのような侍女たち、それからダルやその家族のような知り合った人たち。なによりも一緒に旅をしてきた仲間たち。それから、離れてはいたけれど、きっと父と母も私たちを愛していてくれたと思います」


『そうなのですね』


「ええ、だから、その人たちがいてくれるなら、私は何を聞いてもきっと大丈夫。もしも、あなたに私は闇だと言われたとしても、それは全く何の問題でもない。そう思っています」


 マユリアと同じ顔の女神がゆっくりと美しい涙を流し、


『ありがとう』


 誰にかは分からないがそう言った。

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