19 もう二人の侍女

「本当なら2人を他の場所に移さなければならないのかも知れませんが、今すぐというわけにはいきません」


 キリエがルギにそう言う。


「何か事情があってキリエ様はそれをご存知だとお見受けしましたが」


 キリエは少し考えていたようだが、


「ええ、心当たりがございます」

「それは、これから話を伺いに行く方と関係があるのでしょうか」

「いえ、それは全く」

「そうですか」


 そう聞いてルギがホッとした顔になる。もっとも、その表情の変化に気がつける者は少ないだろうが。


「それとは別にお話を伺う必要もあるでしょう」

「もっともです。そしてもう一人にはどうなさいます」

「そちらも私が直接聞きに参ります」

「え」


 ルギが驚いた顔になる。


「キリエ様が直々に」

「私だとて宮から出ることもあるのですよ」


 少しばかり愉快そうな響きが声に含まれた。


「この前に出ましたのはダルの結婚式でした」

「さようでしたな」


 マユリアの名代として、トーヤが初めてカースを訪問した時のあの馬車で訪問をしたのだ。


「私も同乗させていただきました」

「そうでしたね」


 トーヤの時にはお忍びに近い形であったのでルギが御者を努めたが、宮から「月虹隊の隊長」の結婚式に参列するということで、正式な使者、警護隊隊長として向かったのでルギも馬車に乗って行くことになった。


「今回は忍びで出ますので、後ほど馬をお願いいたします」

「分かりました」

「その前に先に伺うところがございます。もう遅い時刻ではありますが緊急ですので」

「はい、では後ほど」


 廊下の隅で侍女頭と警備隊長が打ち合わせを終え、その場を離れた。

 残された2人の衛士はルギのめいで警備を続けるが、なんとなく薄気味悪い顔で懲罰房を見つめた。


「このような時刻に大変失礼をいたします」


 キリエが向かったのはマユリアの応接であった。


「ちょうど食事を終えて一休みしていたところです、構いませんよ。ですが、おまえがこのように。よほどのことがあったのですね」


 今、この宮の中では次から次に色々なことが起こっている。


「いえ、まだどのようなことかはよく分かっておりません」

「なんでしょう、怖いですね」


 マユリアがわざと軽い調子でそう言う。


「お尋ねしたいことがございます」

「言ってみなさい」

「はい、八年前のことでお聞きしたいことが」

「八年前?」


 「八年前」には本当に重い出来事があった。そして今、またその続きのように物語は進み始めている。


「八年前、マユリアは一時期ある場所にてお籠もりをなさいました」

「そうでしたね」

「その時、その場所で、水がしたたる音を耳にされたことはございましたか?」

「水が滴る音?」


 言われて少し考え、


「ええ、していましたね。絶えることなく水が落ちる音がしていました」

「さようでしたか」


 やはりそうかとキリエは思った。


「水が落ちる音以外に何か変わったことはございませんでしたか?」

「変わったこと……あれは変わったことと言えるのでしょうか、さる方が受けた衝撃をわたくしも受けたことは」


 マユリアとラーラ様から拒絶され、暗闇の中に取り残されたシャンタルが目と耳を求めてトーヤの中に入ろうとし、弾き飛ばされた衝撃の影響を受けたことだ。


「いえ、それは今回のこととは関係がないことかと」

「そうですか。それでは特になかったと記憶しています」

「ありがとうございます。ではこれで失礼をいたします、お邪魔をいたしました」


 それだけ口にすると正式の礼をし、立ち上がって部屋から辞そうとするその後姿うしろすがたに、


「次はリルのところですか?」


 マユリアの言葉に立ち止まって振り返る。


「あそこでわたくしの世話をしてくれたのはリルです。わたくしにそれほど急いで話を聞きに来るというのはあそこで何かあったのでしょう。そのことを聞きに行くのではないのですか?」

「お察しの通りです」


 キリエは恐れ入って頭を下げる。


「何がありました」

「今はまだ申せません」

「そうですか」


 キリエが言えないと言うのならば、何を聞いても今は言うつもりがないということだ。マユリアもそのことはよく分かっている。


「ルギに馬を出してもらうことになっております」

「気をつけて」

「ありがとうございます」


 そうしてマユリアの部屋から出て正門ではなく馬房ばぼうの方にある「横手門よこてもん」へ向かう。トーヤが馬でカースに行く時に使っていた門だ。西にあるカースに行くなら、一度正門を回って出るよりはるかに近くなる。

 だが今からキリエが向かうのはオーサ商会、リュセルスの中央通りにある豪邸街だ。正門を使わないのは目立ちたくないからだった。


 二人乗りの鞍の前にキリエを横座りに乗せ、


「この方が体を預けていただけますので少しは楽かと思います」


 ルギがそう言って後ろに座る。


 そのまま真っすぐオーサ商会へと馬を飛ばし、本来なら人を尋ねるにはすでに失礼にあたる時刻におとないを告げた。


「リル、宮からのお使いだと言う方がいらっしゃったけど」


 リルの母が心配そうに声をかけた。


「宮から?」

 

 なんだろう、わざわざ宮から出されたというのに一体どんな用が?


「応接に行きます、お通しして」


 すでに食事を終えて早めにベッドに入っていたリルは、身支度にのために立ち上がった。

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