24 悪意も害意もなく
正殿から出たマユリア、キリエ、ルギはマユリアが待機していた準備室に入った。
この部屋は正殿で結婚式を挙げる花嫁のための準備室だ。正殿から見て右側にあり、花婿用の部屋は反対側の左にあるが、国王はそこで準備をするのではなく、王宮から支度をして正殿まで正装で来ることを選んだ。
これは元々王族が花嫁を王家に迎える時の慣習であったが、やがて王宮に自室を与えられている貴族がそれを真似るようになり、王家に
三名は準備室に入った。準備室と呼んではいるが、そこは応接のような空間に色々な物を置いておく予備室が付いたそれなりに立派な部屋の
マユリアは自室の物にははるか叶わないものの立派なソファに腰をかけ、そのすぐ近くにキリエとルギが立ったままで控える。
「あなたたちもお座りなさい。婚儀にはまだ少し時間があるでしょう」
マユリアの言葉をキリエはありがたく受け取って従者のための椅子に腰をかけた。以前は決してなかったことだが、自分のような高齢の者が立っていると他の者が気を遣うのだと理解して今はそうしている。
「私はこのままで結構です」
ルギはそう言って座ることなく立ったままで控える。衛士というのはそういうものだ。よほどのことがなければ主の勧める椅子に座ったりはしない。
「そうですね、せっかくの正装がシワになってもいけませんしね」
マユリアはいつものように美しく朗らかに笑うと、
「少し様子を見せてください。ルギ、こちらへ」
自分の目の前にルギを呼び、前や後ろを向くように言ってあちらこちらからルギの最上位の正装を眺め、満足そうにほおっと軽くため息をついた。
「本当に立派です、よく似合っていますよ」
「ありがとうございます」
ルギも素直に主の
何もなければこれから婚儀を挙げる幸せな花嫁と、それに付き従う従者の穏やかで温かい情景だが、実際はそうではない。花嫁はたった今、剣の従者に一人の少女の拘束もしくはその生命を奪うことを命じたばかりであり、どのようにしてか元は
キリエにもルギにも何が起きたのかは分からない。ただ、以前ヌオリたちがミーヤを
キリエは事件の二日後、ヌオリたちに何があったかを尋ねたが、本人たちにも何があったかは分かっていなかった。結果としてヌオリたちがやろうとしていたことを天が、シャンタルが慈悲をかけて止めてくれたと話を持っていき、決して一介の侍女になど謝罪をしない高貴の方たちに頭を下げさせたのだが、本当のことは分からないまま終わっていた。
おそらくその時に先代はルギの剣を弾き飛ばしたのと同じ力を使い、そのためにあの二人の貴族の子弟は重症を負ったのだろう。キリエはそう判断したが、それにしてはルギへの影響は小さかったと思う。
ルギは今もまだしびれの残る右手に視線を落とした。かろうじてアランをねじ伏せることはできたが、本当はあの一振りにかなりの気力を必要とした。それほどの衝撃を右肩から指先にかけて感じたのだが、それでもあの二人のような大きなケガにならなかったのはなぜなのだろう。ルギもそこを不思議に思っていた。
二人共ルギが手にしていた剣に理由があるのではないかと考えたが、それは半分当たっている。あの剣にはマユリアが祝福を与え、守る力が込められている。その力がシャンタルの力と反発しあい、ルギへの影響を最低限に抑えた。
そしてもう一つの理由。それはシャンタルの魔法が悪意に対して強く反発をするからだ。ルギにベルを害する気持ちはなかった。もちろんマユリアの
それでも、とルギは考える。今の状態でトーヤと
一度剣を交わしただけだがトーヤの実力はよく分かっている。アランももちろんかなりの使い手であると判断できたが、八年前のトーヤの剣よりはまだ軽い。素質は感じるがやはりまだまだ師匠と弟子の差があるということだろう。
キリエとルギが互いに自分の考えの中に沈んでいる間、マユリアは名工の手になる彫像のように座っていたが、突然、
「あ……」
と口にした。
「いかがなさいました」
キリエの言葉にマユリアが悲しそうに口にする。
「たった今、お眠りになられました」
誰のことか聞くまでもないことであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます