10 満ち引き

『わたくしにはすでにそのような力はありません』


『あの時わたくしにできたのは、できた穴を塞ぐことだけでした』


「じゃあ、その後シャンタルの力を補充したのは誰だったんだ」


『シャンタル自身です』


「え?」


『補充という言い方は正しくはないかも知れませんね』


『正しくはシャンタルの力は無限である』


『その方がふさわしいかも知れません』


「なんだと」

「それ、どういうことだよ!」


 トーヤの横からベルが飛び出す。


「あの時、ほんとにシャンタルは今にも死にそうだったってば! なんか、そういう言われ方したらまるで仮病みたいじゃん!」

「仮病って」


 横からシャンタルがくすっと笑う。


「だけど私もその言い方はなんとなく納得できないかな。だって、本当に命が吸い付くされるような感じがしてたもの」

「だったよな!」


『もう少し言葉を足しましょう』


 ベルとシャンタルを見て思わず微笑んでしまった、そんな風に光が瞬いて続ける。


『黒のシャンタルはわたくしの半身、そう申しましたよね』


「言ってた言ってた」


『つまりわたくしの力の半分を持っている』


『残りの半分はわたくしの元にあればよかったのでしょうが』


『今は体を持つマユリアが優位です』


『同じ力をわたくしとマユリアが』


『潮の満ち引きのように両方から引き合っているような形です』


「ど、どういうこと?」


 ベルが戸惑ったように言うが仕方がないことだ。


「そうだな、俺も分かるような分からないようなだ」

「ちょっとは分かるのかよトーヤ!」

「潮の満ち引きならな」

「あ、それなら俺も」

「俺もだ」


 トーヤの言葉に漁師で海をよく知るダルとダリオが続いた。


「あ、俺もな」

 

 少し遅れてサディも。


「わかんねえよ!」

「あのな、海ってのは満潮の時と干潮の時があるって知ってるか?」

「えっと、なんか聞いたことある気がするけどよく分かんねえ」

「海はな、満月の時と新月の時は満潮になって、半月の時に干潮になる」

「え、えっと……」


 ベルが救いを求めるように兄の顔を伺ったが、


「俺も海のことはよく知らん。だからおまえも黙って聞いとけ」


 と、軽く流された。


「あのね、海の水って多い時と少ない時があるんだよ」


 こういう時はベルの先生だったシャンタルだ。普段は簡単なことはアランに聞くことが多いが、今回はどうやら専門的な話なので先生の出番のようだ。


「その水の量に月が関係してるんだよ。満月と新月、月がまん丸な時と空に月がない夜には多くなって、半月の時に少なくなるんだ」

「へえ~」


 ベルが純粋に感心する。


「で、その海の水と神様の力、どう関係あるんだ?」


『海の水の量は変わらぬのに、月と陸、どちらに多く流れるかということです』


『今は空が暗く新月の時と同じ、マユリアの方に多くの力が流れているのです』


「あ、そういうこと、なんとなく分かったかも」


 つまり今も女神シャンタルの中には力が残っている、だがその半分以上は体を支配しているマユリアに主導権があるということらしい。


『あの時も、穴を防ぐことで精一杯でした』


『もしもトーヤがあれを使ってくれなかったら』


『結界を張りながらシャンタルを助けることは』


『難しかったと思います』


「あの石ってのは結局なんなんだ? 俺は御祭神ごさいしん、つまりあんたの分身なんじゃないかと思ってたんだが」


『そう思ってもらっていいでしょう』


『簡単に言うとわたくしの力を分けたものです』


「なるほど、やっぱり分身か」


 トーヤはそう言って胸元をちらりと見た。


『今、マユリアと引き合っている力の外にあるわたくしの力』


『そう説明するのが一番理解してもらいやすいでしょう』


「まあ、そのものずばりじゃねえが、そういうもんだと思えばいいってことだな」


『そう思ってもらっていいと思いますよ』


 光は自分の持つ力についてはそこで話を終えたと思ったようだ。


「そんじゃ次はシャンタルの力についてだ。シャンタルに空いた穴からマユリアにシャンタルの力が吸われた。そんでその力を手に入れたから、当代マユリアの中にいたあんたの侍女のマユリアが表に出てきた、体を乗っ取った、そんでいいよな?」


『それでいいと思います』


「わかった。そんじゃ今もその時シャンタルから吸い取った力はマユリアのところにある。それもそんでいいか?」


『それでいいと思います』


「じゃあ、その分シャンタルから力が減ってるわけだ。だからあの時シャンタルはしおしおになった」

「しおしおって、人を草みたいに」


 トーヤの言葉にシャンタルが相変わらず能天気にそう言って笑う。


「でもまあそういうこった。今言ったみたいに枯れかけた草みたいになってた。草が枯れるのは水が足りない時だ。つまりシャンタルは水を吸い取られたから枯れかけた。違うか?」


『そうとも言えますし、そうではないとも言えます』


「じゃあどこが草でどこが草じゃないか教えてくれ」


『吸い取られたのはシャンタルの力、それは間違いありません』


『ですがその力には限りがないような物』


『海の水と同じく、無限に見えるような物なのです』


『満ち引きでどちらに流れるかはあれど、なくなる物ではないのです』


『この世界から慈悲の心がなくならない限りは』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る