7 それぞれの目的地

 フウはあれだけの言葉で真実を見抜き、その上でこうも付け加えた。


「キリエ様は当代を乗っ取った本家のマユリアに従わなければならないお立場です。ですが、当代マユリアのこともお助けしたいと思っている。だからボスたちと敵になると決めた、そういうことだったんですね」

「ご明答だ」


 フウの慧眼けいがんには恐れ入る。さすがにあのキリエが見込んだだけのことはある、いや、それ以上だとトーヤは舌を巻いた。


「だけど、そのあんたでも、さすがに当代か、もしくは次代様が最後のシャンタルだってのは、知らねえよな」

 

 フウの顔色がさすがに変わった。


「本当の話だ」


 フウが今までにない硬い表情でトーヤを見つめる。


「そのためなのですか、マユリアが出ていらっしゃったのは」

「それも理由の一つだ」

「一つ、ということは、それだけではないということですか?」

「まあ、大きな理由ではあるけど、それだけじゃないってことだ」

「それは今は話していただけないということですか」


 トーヤは少し考えて、


「そうだな」


 と答えた。


「分かりました、でしたらお聞きはいたしません。シャンタルがこの先お産まれにならない、そのことで私も今は手一杯ですし、どういうことかちょっと考えさせていただきますね」

「分かった」


 話はそこで終わり、その後はそれまでと同じ、特にこれということもない世間話に戻った。


「この植物園にはそれなりに施設が整っております。お手洗いもありますし、ちょっとした食べ物の備蓄もございます」

「これだけの施設だから、手洗いなんてのが揃っててもおかしくはないけど、なんで食べるものまで」

「もちろん私が持ち込んだんです。研究の間にいちいち戻って食事をとるのも面倒ですしね」

「へえ、これは意外だな。あんただったら食べるもんも食べず、飲むもんも飲まずに研究してそうに思えたのに」

「おっしゃる通りです。それでキリエ様に叱られて、私が生きていけるだけのものは常備するようにと言われました」


 トーヤはあまりにフウらしくて思わず吹き出す。


「ということで、ボスはここにいらっしゃる限り、生きてはいけると思います」

「それは助かるな。一応聞いておくが、まさか風呂までは」

「ああ、それは残念ながら」


 それはそうだろう。手洗いはまだしも、植物園に風呂はどう考えても必要がない。


「まあ、数日のことです。戦場ではもっと長くお風呂に入れないこともあるんじゃないですか?」

「そりゃまあそうだが、ここでは毎日快適に入れてたからなあ」

「水は使えますし、タオルと石鹸もありますので、それで我慢してください」

「はい」


 これ以上を望むのは無理というものだろう。


「ところで、お二人は無事に目的の場所にたどり着けましたでしょうかねえ」

「ああ、多分大丈夫だろう」


 シャンタルとベルが当代シャンタルの部屋に忍び込むのは深夜だ。今はまだ午後を少し過ぎた頃。朝、アランは話が決まるとすぐに「お友だち」に手紙を書き、その返事が返ってきたのが昼食後間もなくだった。受け入れてもらえると分かってすぐ、三人は宮に戻ってきた時に使った通路、窓から出てあちらこちらの抜け道を通ってそれぞれの目的地へと向かった。


 トーヤが潜んでいる植物園は前の宮から客殿方向、神殿近くにあるため、出てすぐに別れることになった。植物園にはそのまますぐに入れたが、問題は奥宮の方だ。さすがに明るいうちにシャンタルの部屋までたどり着くのは難しい。そのため、トーヤがマユリアに会いに来た時のように衣装部屋に身を潜め、夜の鐘が鳴り終わり、宮が寝静まるのを待ってからシャンタルの部屋へと向かうことになっていた。


 そしてまんまと成功し、二人は深夜の闇に紛れ、聖域の中の聖域へと忍び込んできたというわけだ。


 小さなシャンタルは今でも信じられなかった。


「あの、誰にも見つからなかったのかしら」

「はい、大丈夫です」

「どうやってここまで来たの?」

「それはこれで」

 

 ベルはいたずらっぽく笑うと、右手の人差し指を自分の口にあて、内緒だと伝えた。


「分かりました。多分聞いても分からないだろうし、魔法を使ったのだと思うことにします」


 小さなシャンタルもいたずらっぽくそう言って、クスクスと笑う。


「それで、ラーラ様にはお伝えしていいのよね」

「はい。シャンタルとラーラ様のお二人にお世話になります」

「分かりました。ちょっと待っててね」


 シャンタルは寝台から降り、八年前にはミーヤが過ごしていた、今はラーラ様お一人の部屋になっている、シャンタル付きの侍女の部屋の扉の前に立つ。コンコンコンと軽く三つ扉を叩き、そっと開けて中を覗き込んだ。


「……シャンタル? どうなさいました、眠れないのですか?」


 優しい声が扉の向こうから聞こえてくる。


「あのね、ちょっとこちらに来ていただきたいの」

「それは、でもシャンタルはお一人でお休みになる練習をなさっているのですし」

「ううん、そうじゃないの。ちょっとだけ来てほしいの」


 ラーラ様は少しの間黙って考えているようだったが、


「分かりました。では少しだけ伺います」

 

 と答える声が聞こえてきた。

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