17 傭兵と侍女

 アランの言葉に誰もが次の言葉を口にすることが出来なかった。


 思い沈黙が場を支配する。


 八年前の出来事では一緒に苦境を乗り越えた仲間であったルギ。そのルギと命をかけて対決する可能性がある。その事実がなんともやりきれない。


『シャンタルを、お願いする』


 トーヤは八年前、シャンタルを乗せた小舟で洞窟を離れる時、そう言って深々と頭を下げたルギを思い出していた。


『これはな、仕事なんだからな、俺はプロとしてやることちゃんとやるだけだ。まあだーいじょうぶだって、任せとけよ、交代の時には男になったこいつ連れて戻るからよ。あいつらにちゃんと言っといてくれよな』

 

 あの時トーヤはルギにこう返した。


 そう、これは仕事だ。ずっと自分にそう言い聞かせてきたが、それは本当のことではない。


 決して相性がいいわけではないルギ。どちらかというと自分とは合わないタイプのルギ。だがそれでも、トーヤは自分がルギを気に入っていることを認めざるを得ない。


「なんでこんなことになっちまったんだよ、エリス様ご一行でここに来た時は、あんなに楽しかったのに……」


 ポツリとつぶやくベルの声がトーヤに届く。


 それは皆の思いと同じ。


 八年の月日を経て、シャンタリオに戻りさえすれば全てが終わる。そんな気持ちが誰にもあった。もちろん、そうすんなりとはいかないだろうと予測もしたが、ここまで全てが思いもよらぬ方向に動くなど、誰にも想像できなかった。


「何しろ女神様本人がご登場で、人に戻すはずの仲間も神様で、バカな下っ端が童子様だってんだからなあ、そりゃびっくりするよな」


 トーヤが茶化すようにそう言ったが反応する者はいない。


「おい、ほっとくなよ」


 仕方なく困った顔でそういうが、その言葉にも反応する者がいなかった。


「仕方ねえなあ……」


 トーヤはそう言うと真面目な顔で続ける。


「俺だってルギとやり合うなんてのは、色んな意味でやりたくねえ。だけど、その可能性がないとはとても言えねえ、分かるだろ?」


 やはり誰もトーヤの言葉に答えないが、皆の視線がトーヤに向けられる。


「どっちかってと、やり合う可能性は高いと思ってる。そしてな、もしもそうなった時には、俺は自分が生き残るためにできることをする」

「そうだな、それが俺達の仕事だよな」

 

 アランが淡々とそう答えたが室内の温度は下がったままだ。


「分かっただろ? あんたが望むように戦わない、そんな約束はできない状況だってことだ」

 

 トーヤがミーヤに向けて言う。


「それが現実なんだよ」


 ミーヤに向けて言っているようで、実はトーヤ自身に向けて言っているようにミーヤには思えた。

 

「だけどまあ、まだ絶対に戦うって決まったわけでもねえ、もうちょっと気楽にいこうぜ」

「分かりました」


 ミーヤは口でだけそう答えたが、本心から分かったと思っているわけではない。それはミーヤだけではなく皆が分かっていることだ。


「なんにしても、今はやれることやるしかできないよね。良い方向に向くように祈って動くしかないよ。キリエだって本当はそんなことになってほしくない、そう思ったからミーヤに伝言を頼んだんだと思うよ」


 珍しくシャンタルがそう言って話をまとめた。


 時間はもう夕方だ。午後の担当だったミーヤは自室に帰り、仲間4人が部屋に残る。


 違う場所でも考えることは同じ、同じだが受け止め方は違う。


 トーヤはあらためて自分とミーヤの立場の違いを思う。


『私はこの宮の侍女です。私には私の生きる道があるのです。一緒には行きません』


 あの時、セルマを口実にミーヤを共に連れて行こうとしてそう言われた。


 分かっていたはずだ。

 いくら心が寄り添えてもその進む先は違うのだ。


 八年前、あの洞窟で自分は確実にルギの命を奪おうとした。この先、もしも剣を構えることがあるとすれば、間違いなく同じことをする。どうやっても自分が生き残る道を選ぶ。それがトーヤの、いや傭兵の生き方なのだ。


 ミーヤはあらためて自分とトーヤの立場の違いを思う。


『もしもそうなった時には、俺は自分が生き残るためにできることをする』


 そう言った時のトーヤの顔は、八年前、マユリアたちに二つ目の条件を突きつけた時と同じだ。そう思った。

 

 もしもその時が来たら、トーヤは躊躇ちゅうちょなくルギに刃を突き立てるだろう。例えその行動がどれほど自分を傷つけ、心から血が流れるとしても。

 あの時、トーヤは覚悟を決めていた。シャンタルが心を開かない時は、その棺が湖に沈むのをじっと見届けると。今、トーヤはあの時と同じ覚悟をしている。そのことがよく分かった。


 あの時、自分はシャンタルの心を開かせようと必死だった。それが自分にできる唯一のことだと思ったから。


 だけど今、自分にはあの時のように必死にできる何かがない。そのことがミーヤをさらに苦しめていた。


『私はこの身も心も宮に、シャンタルとマユリアに捧げております。いっそ、自分が沈めと言われた方がどれほど心安らかだったことか……』


 あの時のキリエの言葉が浮かぶ、その気持ちがよく分かる。


 ミーヤはいっそ自分が命を捧げた方がずっと心安らかだ、そう思っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る