第二章 第二節 揺れる故郷

 1 船長の自白

「船長、俺たち一体なんでここに置かれてるんです? なんかご存知ですか?」


 ハリオが不安そうにディレンに聞く。


「さあてなあ……」


 もちろんディレンには心当たりがあるものの、ハリオに説明するわけにはいかない。


「ここに来て何日です?」

「7日、いや8日かな」

「もうそんなになりますか」


 ハリオがはあっとため息をつく。


「なんか、用事があるからすぐ来てくれって言われて来たら、何も言われずずっとここに閉じ込められて、本当にどうなってるんすかねえ」

「そうだなあ」


 ずっとディレンはハリオとそういう会話を繰り返している。

 待遇は決して悪くはない。丁寧に遇され、部屋付きの侍女たちが不自由のないように世話をしてくれている。

 最初の頃こそ、ハリオは自分がそのような境遇になったことを天にも昇るような気持ちで恐縮しつつも興奮していた。

 だが、何も言わず「しばらくお待ちください」とだけしか答えてもらえずにじっと部屋に中にいるうちに、どんどんと不安が募ってきたのだ。


「何も用事がないのでしたら、一度エリス様のお部屋を尋ねても構わないでしょうか」

 

 何度かそうも聞いたのだが、


「上に聞いて参ります」


 と下がって行った侍女が戻ってきては、


「今はご面会はできないとのこと、もうしばらくお待ち下さい」


 と、繰り返す。


「一体何がどうなってんでしょう」

「そうだなあ」

「って、船長、なんでそんなに落ち着いてられるんです」

「いや、待てって言われてるしな。こういうところはそう簡単に好き勝手動かせてもらえるもんでもないだろう」

「そうなんですかあ?」

「まあ、そういうもんだ」

「そうなんですか。まあ、船長はそういうの慣れてますもんね」


 ハリオはそう言って無理矢理のように自分を納得させる。

 その繰り返しでなんとかこの数日を乗り切っていたのだ。


 そうしてやっと8日目の昼過ぎ、警護隊隊長のルギが2人が滞在している部屋へやってきた。


「大変お待たせいたしました」

「まったくですよ」


 さすがにハリオがそう返す。


「少し宮の中もゴタゴタしておりました。封鎖も重なり、その処理に手間取ったもので、大変申し訳ありませんでした」


 ルギが大きな体をゆっくりと折り曲げ、丁寧に謝罪をする。


「いえいえ、そちらも大変でしたらまあ……」


 ハリオも仕方なくそう答える。


「それで、一体どのような御用でしょうか。急ぐと言われてあのような深夜にこちらに参りましたが、それから梨のつぶてで今日まで。説明いただけますか」


 ディレンが落ち着いてルギに質問する。


「分かりました。では率直にお聞きいたします。そちらのハリオ殿」

「は、はい」


 ハリオが緊張して答える。


「一時期エリス様の護衛を勤めていらっしゃったようですが、本来の職業は船乗りで間違いはないでしょうか」

「え、えっ」


 遠回しに聞いてはいるが、あの仮面をかぶった男はおまえだろうと言われているとハリオは理解した。


「ハリオはまだ若いですが私の右腕のようなものでして、信頼でき、頼りにもしている立派な船乗りです」

「では職業は船員で間違いはないと」

「ええ、そうです」

「おかしいですな」


 ルギが皮肉そうな顔で続ける。


「確か、エリス様のお部屋で護衛として紹介された記憶があるのですか」

「そうですか」


 ディレンはあの嵐の中、トーヤとやり取りをした時のことを思い出していた。

 どれだけ問い詰めても最後の最後まで自分がアロと話したトーヤであること、この国から生き神を連れ出したことを決して認めなかったトーヤのことを。


(あいつぐらいしぶとくいけりゃあいいんだが、俺にはあそこまでは無理だな)


 そんなことを思ってふっと頬を緩ませる。


「どうかなさいましたか?」

「いえ、ちょっと知人のことを思い出しました」

「さようですか」

「もしもその者であったなら、どう言われても今の質問にハリオは船員である、そうとしか答えないだろうと思うと少し楽しくなりました」

「そうですか。それで船長はどのようにお答えを」

「はい。ハリオにルークの扮装をさせました。それは私が頼みました」

「船長!」

「すまなかったな、おまえを巻き込んで」

「って、一体何がどうなってんです?」

「まあ、そういうことです。私がハリオにルークの体調が悪く、警護隊の尋問に耐えられそうにない、身代わりをしてくれと頼んだということです」

「船長、そうじゃなかったんですか?」

「すまんな、あれは嘘だった」

「嘘って」

「ルーク、あいつな、俺の古くからの知り合いで、ってかはっきり言っちまうがな、俺の女だったやつの息子みたいなもんでな、俺にとっても息子みたいなもんなんだ」

「え、ルークさんが?」

「その名前も嘘だ。本当はトーヤと言って、この国とちょっと因縁があるやつなんだ」

「トーヤ……」


 ハリオはその名前に心当たりがあった。


「トーヤって、最初に船長が手形切ってたルークさんの名前ですよね」

「よく覚えてるな」

「ええ、そりゃ。リル島のトーヤの港と同じ名前だと思ってなんとなく覚えてました」

「その港の名前もな、あいつの名前から取られたそうだ」

「ええっ!」


 ハリオはもう何がなんだか分からなく、何をどう考えればいいのかが分からなくなって混乱していた。

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