3 船長の述懐
「よくは分かりませんが、船長ご自身はトーヤの父親であると思っている、で良いのでしょうか?」
「いえ、それも正確には違うかと」
ディレンは本気でどうしたものかと考える。
そもそも娼婦とその旦那の関係をこの女神様に説明してもいいものなのか。そして理解してもらったとしても、それ以上にミーヤを想いながらも、それを認めたくなかった自分の見栄や意地、そして今にいたる全てのことを説明する自信はとてもない。する必要もないのだろうが、ならばどこからどこまでをどう説明したものか。
「マユリア」
「なんですかルギ」
「今は他に話をすることもございます。ディレン殿はトーヤを古くから知る者として、まずはお話の方を」
「ああ、そうですね」
ルギが言ってくれたことにディレンは心底からホッとした。
「申し訳のないことです、トーヤの古い知人とお聞きして、つい興味が出てしまいました」
まるで楽しいお話をねだる子供のように、無邪気に美しい笑顔を向けてくる。
「いえ、とんでもない」
「では、お話はルギの方から」
マユリアがルギに軽く顔を向けると、ルギが頷く。
「ディレン殿、あなたは八年前のことをどこからどの程度御存知なのか、まずそこから教えていただきたい」
「ああ」
そうだ、これこそ普通の尋問というものだ。
「どれがどうとは言いにくいんですが、おそらく全部ではないかと」
「全部?」
「はい、あいつが、トーヤが当時はまだ子どもであった『ある男性』をどういう経緯でここから連れ出し、あちらに連れて行ったかをほぼ全部」
「なるほど」
ルギがマユリアに視線を向ける。
「本当に全部のことをご存知なのですね」
「おそらくは」
「トーヤはなぜ、あなたにそこまでのことを話したのでしょう」
「というか、最初に気づいたのは私の方でして」
「え?」
「あいつがあっちに戻った時、東の端の港、ナーダスで、まだ子供であったあの方を背負ったあいつと会ったんです」
「まあ」
「その時はそれだけで済みました。その後、オーサ商会のアロ殿と知り合い、話の中に出てきたトーヤという人物が俺の知るトーヤと同一人物だと仮定すると、すべてのことがくっついた、そんな感じです」
「そうだったのですか」
「ええ、それで一度は殺されかけました」
「え?」
マユリアが驚いた顔をディレンに向けた。
その表情すら天が作りたもうた芸術品、思わずディレンが呼吸をするのを忘れてしまう。
「トーヤが、あなたを殺そうと?」
「正確にはトーヤとアランですか」
「アランも……」
「そのことであの方に叱られました」
「あの方……」
「ええ、あの方です」
マユリアも誰のことかを理解したようだ。
「私はさきほどから話に出てきているトーヤの育て親に心底から惚れ込んでましてね、あれが亡くなった後で逃げたんです」
「逃げた?」
「ええ、大事な女がこの世からいなくなってしまった、そのことがつらくてつらくて、そして思い出の場所にいたくなくて航海に出てしまったんです」
「まあ……」
「今までにも色々しくじった人生だったんですが、その時もミーヤにトーヤを頼むと言われていながら、自分のつらさを優先して逃げたんですよ」
「ミーヤ?」
マユリアが怪訝な顔になる。
「聞いてませんでしたか、あいつの、トーヤの育て親の名前、ミーヤと言います。偶然でしょうが、こちらでトーヤの世話係をやってくれてた侍女の方と同じ名前です」
「そうなのですか」
マユリアがどう表現していいのか分からないという表情になった。
「ええ、あちらのミーヤはトーヤの産みの母を本当に慕っていましてね、それで亡くなった後、できることは少なかったでしょうが、それこそずっとトーヤを息子として大事にしていました。亡くなる時にもトーヤのことだけを気にして、それを頼んで頼んで亡くなりました」
マユリアが無言でディレンを見つめた。
素直に悲しみだけを含んだその黒い瞳、ディレンも素直にその瞳を受け止める。
「なのに私は少しだけと言い訳をして海に出てしまい、戻って初めてトーヤがシャンタリオ行きの船に乗って行ってしまったと知りました。それで追いかけるように自分もこちらに向かったんですが、行き違いになってしまった」
「そうだったのですね」
「はい。そうこうしてるうちにあちらに、アルディナに戻ったトーヤとあの方と一瞬だけですが出会いまして、無事であったと知ってホッとしました。そしてそのままこちらと行き来する船の船長となり、今にいたります」
「それで、どうして殺されそうに?」
ルギが尋ねる。
「色々な事情を自分で推測し、あいつが妙なことに巻き込まれているんじゃないか、そう心配になって色々と水を向けてはみたものの、何も言ってはくれませんでした。それであの時背負っていた子どものこと、アロ殿の知るトーヤのこと、全部ぶちまけたんですがね、どうしても認めようとしない。それで絶望したんですよ」
「絶望?」
「ええ、何もかも失ったと思っていた私にとって、ミーヤとの約束だけがこの世に留まる理由でしたから、それを拒絶されて絶望してしまったようです」
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