4 船長の逮捕

「最後の希望、ミーヤとの約束を守る。それだけを命の綱として生きてきた。トーヤのためになってやりたい、助けてやりたい。そう思った気持ちをきれいに拒絶されましてね、それならばもう生きている意味はない、そう思いました」


 マユリアが悼む目でディレンを見る。


「それで、あえてあいつに自分を殺す気になるように仕向けたんです」

「どのようにしてですか」

「あいつがもう旅を続けられなくなる、そう臭わせて、あの方と共にこちらに戻るには私を消してしまうしかない、そう思わせました」

「なんということを……」

「それで、あいつがもうそれしか手がない、そう言ったところ、トーヤに古馴染みの私を手にかけさせるのは哀れと思ったんでしょうね、アランが自分が仕事として私を殺してやる、そう言い出してどうやらそう話がまとまりかけたようなんですが、そこであの方が私と話してみると」

 

 マユリアはそう聞いても黙ったまま言葉の続きを待っていた。


「それで殺される覚悟であいつらの部屋に行ったところ、どうして死のうとするのかと全部見通されてましてね、参りましたよ」


 ディレンが愉快そうにそう言ってみせると、やっとマユリアの表情が少し緩んだ。


「それで叱られました」

「なんと?」

「自分の終わりのことしか考えていない。それはトーヤと、そして代わりを申し出たアランにひどいことをさせることだ、と」

「そうなのですか」

「はい、そうして救っていただきました」

「そうなのですね」


 マユリアの表情が花開くようにほころんだ。


「それでトーヤたちに協力をしたというわけですか」

「簡単に言うとそうなるかも知れません」


 ディレンはルギの質問にそう答える。


「それでアロ会長にエリス様を引き合わせたというわけですな」

「そうです」

「分かりました。マユリア」

「なんですかルギ」

「やはりディレン船長にはもう少し詳しい詮議が必要と思われます。今、逃亡をしているエリス様ご一行について、その身元が嘘であると知りながら宮に引き入れ、今度の騒動の共犯の疑いがある。身元を拘束します。よろしいですね」

「ええ、申し訳ありません」

「ルギ……」


 ディレンはさっぱりとした顔でそう答え、マユリアは曇った顔でルギを見た。


「部下を呼んで逮捕しますが、この部屋では少しまずいことになるでしょう。後ほど移動させますから、お互いに何かお聞きになりたいことがあれば今のうちに」


 ルギの心遣いであった。


「ありがとうございます」


 ディレンが気づいて頭を下げる。


「伺ってもかまわないでしょうか」


 先にそう聞いたのはマユリアであった。


「あの方は、どのような方にご成長をなさったのでしょう。わたくしはまだお目にかかってはおらぬのです」


 「エリス様」としての姿は見ている。

 侍女という通訳を通しての会話はしている。

 だが、今のシャンタルの姿も声もマユリアは知らなかった。


「まるで精霊のようにご成長です。素直な長い銀色の髪、美しい褐色の肌、そしてあまり低くはないですがはっきりと男性の声をお持ちです」

「男性の声……」

「そしてとても楽しい方でもあります。なんと言いますか、少しばかり人とずれたようなところもおありで」

「まあ」


 そう聞いてマユリアが笑う。


「ええ、以前もそういうところがございました。そうそう、シャンタルのお言葉でみんなでえらく笑うことになり、トーヤに気の毒をしたことも」

「ああ」


 ルギもいつのことだったかを思い出して少し笑った。


「さようですか」


 ディレンはいつのどの話かは分からないものの、なんとなくその場の空気は想像できたようで楽しそうな顔になった。


「今はよくお笑いになりますよ。特にベルといるとどうしても冗談を言ってしまう、そうおっしゃってました」

「そうなのですか」

「ええ、いつも二人で楽しそうに話をしています」

「エリス様の侍女のベルとですか? ベルはとてもそんな風には見えなかったのですが」

「あれは侍女として演じていたからで、本当はとても面白いお嬢さんですよ。なんというか、不思議な魅力のある子です」

「まあ、知らなかった」

「あの子にはトーヤやアランも時にやり込められていましたし、私もやられました」

「そうなのですか」


 マユリアは本当に楽しそうに、花のように笑った。


「いつか、私も話をしてみたいものです」

「ええ、ぜひに」


 こうしてディレンとマユリアは、今のトーヤたちのことを話す時間をしばらくの間持つことができた。


「そろそろよろしいですか」

 

 ルギが二人に話しかける。


「もっとお話を伺いたいけれど、今は仕方がないようですね。また次回、色々とお話させていただきたいものです」

「はい、私も良い時間をいただけました。ですが、私と話す前に、御本人とお会いできるようにお祈り申し上げます」

「ありがとう」


 マユリアが微笑みながらディレンに礼を言う。


「では隊長、よろしくお願いいたします」

「一度私の執務室へ移動していただく。そこに部下を呼びますから、その後はどこかで拘禁ということになります」

「分かりました」


 ディレンが立ち上がり、ルギと共にマユリアの客室から出て警護隊隊長の執務室へと向かった。

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