3 他力本願
ルギはマユリアの命でシャンタル宮の中にトーヤたちがいないかを探すことになった。だがトーヤたちは表向きは「エリス様一行」で、エリス様一行は宮の中にいることになっている。つまり、いるはずの者を探すというのはおかしな話だ。
王宮から前国王が行方不明になった時は「不審者が入り込んだ可能性がある」という理由で宮の中を捜索したが、交代とマユリアの婚儀という重要な儀式を控えている今、それはできれば控えたい。ただでさえ宮の中は落ち着きがなく、侍女たち下働きの者たち、神官たち、全ての関係者の神経が立っている状態だ。
考えた結果、ルギはキリエにマユリアの意向を伝えることにした。宮の住人の大部分は女性である。衛士たちが女性の部屋に入り込むというのも問題が起こりかねない。ここは侍女頭から手を打ってもらった方がいいのではないだろうかとの判断だ。それにキリエなら深い事情を知っている。
「それで、ご先代が宮の中におられるかも知れない、マユリアがそうおっしゃったのですか」
「はい」
キリエはルギの報告を聞き、少しの間黙り込んだ。それはどちらのマユリアからのお言葉であるのかと考えたからだ。
(そしてどのような理由で御婚儀の前にお会いしたいとおっしゃっていられるのか)
ルギがマユリアに申し上げたように、必ずトーヤは先代をお連れしてマユリアの前に姿を現すはずだ。交代を無事に終わらせてお二人を「人」にお戻しするにはそれしかないのだから。
「確かにその可能性はありますね。トーヤならば、交代に確実に間に合わせるように早めに戻るやも知れません」
「はい」
「ですが、御婚儀の前にというのが少し気になります。マユリアは他に何かおっしゃってはいられませんでしたか」
「はい……」
ルギはあまりないことだが、心臓がドキリと縮むのを感じた。
『美しい夢はいいでしょう?』
また神官長の声が頭の中で響く。
『もしも、本当にそれがマユリアの夢であるならば』
またその思いが頭をもたげてくる。
「どうしました、少し様子がいつもと違いますね」
キリエは常にはないルギの態度にひっかかるものを感じる。
「失礼をいたしました」
ルギはいつもの顔に戻って静かに頭を下げるが、何かを言う様子はない。おそらく、これ以上は何かを聞いても答える気はないだろう。キリエはなかったことにして話を進める。
「探し方を考えねばなりませんね。正直にトーヤを探すわけにもいかないし、不審者がいるというわけにもいかない」
やはりキリエもルギと同じ結論を出したようだ。
「アランの様子に変わりはないのですね」
「はい、それは部下たちが交代で見張っておりますので」
「ディレン船長とハリオ殿はどうです」
「トイボアに付き添ってアルロス号とオーサ商会を行き来しておりますが、トーヤと接触している様子はないようです」
「カースの半島の先から船でキノスへ連れて行くという話でしたね」
交代の日にトイボア一家をカースから海に逃がす話はキリエもルギも知っている。
「はい。オーサ商会で家族一緒に交代の日の迎えたいとの希望をトイボアの妻の父も受け入れました。うまく国に残るように説得して、宮とのつなぎを手にしたいとのことからでしょうが」
交代の日の混乱に紛れてカースへ行き、ダルの兄ダリオが小舟でキノスまで連れて行ってくれる手筈だということだった。
「ダルの兄はどのように聞いているのです」
「ダルから宮の御用で、ある家族をキノスまで連れて行ってほしいと聞いているはずです」
「ディレン船長はカースには」
「いえ、行ってはいないようです」
「ということは、今は衛士はカースには行っていないということですか」
「はい」
「では衛士にはカースを調べさせてください。トイボアのことを理由にすればカースを調べる理由になるのではありませんか」
「分かりました、念の為に調べさせます」
「そうしてください。宮の中は私が少し調べてみます」
「お願いいたします」
そう言ってルギを帰したものの、どうしたものかとキリエは考える。
実は、おそらくもうトーヤたちは宮の中にいるだろうとキリエは思っていた。そしてその居場所についても推測はついている。だが、知っているというわけにはいかない。いない者たちとして扱ってきたのだ、今からその扱いを変えるわけにもいかない。
今のキリエはトーヤたちの敵だ。そして対決は交代の日だと思っていた。その時にキリエはマユリアに従う立場、そこからどこにどう動こうとも、マユリアをお守りする盾でいる、そのつもりだった。
今さらアランの部屋に行って出てこいというのも妙な話だし、第一あの部屋には他の方がいらっしゃることになっており、ディレン船長や船員のハリオ、ダルも出入りするので多少の人の出入りには見て見ぬ振りをするように侍女たちにも伝えてある。あらゆる意味であの部屋は少しばかり管轄外扱いなのだ。そこをいきなり調べるわけにもいかないだろう。
キリエは少し考えて、ある侍女に話を持っていくことにした。
「他力本願と言われるかも知れないけれど、今はそれが一番いいでしょう」
おそらく彼女ならうまく動いてくれるはずだ。
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