3 家具工房
その見たことがない男はベルの頭上を通り越して兄、つまりシャンタルをじっと見た。
「あの!」
急いでベルが男に声をかける。
「えっと、あの」
何をどう言っていいのか分からない。ただ、シャンタルから視線をそらせないと、ベルはそう思って男に声をかけた。
「ベルさん」
「え?」
「トーヤさんから聞いてますよ、そしてそちらの」
そう言ってシャンタルにもう一度目を向け、
「先代のことも」
そう言った。
「ですから大丈夫ですから。とりあえず二人とも二階にどうぞ」
「あ、はい」
そう答えてからベルがちらっと後ろを振り返ってシャンタルを見る。
「行こうか」
シャンタルはいつものように何を考えているのか分からない、何も考えていないような顔でベルの両肩に手を当て、前へ進むように促す。
「う、うん……」
「大丈夫だよ、トーヤもいたし」
「うん……」
二人で男の後に付いて二階へ上がった。
「よう」
上がった先には広めの部屋が一部屋あり、そこにはアランも一緒にいた。
「兄貴!」
「おう、ちゃんと無事に逃げ切ったぜ」
隊長格の3人、ボーナムとゼトとダルを縛り上げた後、トーヤとアランは宮の馬房へと走り込み、それぞれに馬に乗って宮の表から飛び出した。
これはシャンタルとベルから目をそらすためだ。万が一にもあの洞窟まで衛士たちが行ってもらうような事態になっては困る。あそこはどこまでも秘密の通路であってくれないと困るからだ。
まだダルたちがそんなことになっているとは知らない門番たちに、
「ちょっと用があるから急いでいる!」
アランがそう馬上から急ぐように声をかけると、もう何回も面識があり、その手形の確認もしている門番たちは素直に通してくれた。
その後ろにいるトーヤのことをちらりと見ることは見たが、トーヤの外見はシャンタリオ人と変わらない、同行者であろうと判断したようで、何も言わずに通してくれた。
そうして二人はリュセルスまで一気に走り抜け、途中の宿屋に馬を預けると、そこから歩いてここまで来たのだ。
「ちょうど封鎖の鐘のせいで街が混乱してたからな。紛れてここまで来やすかった」
トーヤがケラケラ笑いながらそう言った。
「そんでここどこだよ、そんで、あの」
ベルがチラッと例の男に目をやる。
「あの、あの、このおっさ……ええと、この方はどなたでしょうか?」
丁寧に話そうとして普通の丁寧を飛び越え、一気に侍女言葉になってしまった。ベルの中で言葉というと、この二種類しかないかのように。
「なんだよそりゃ」
聞いてトーヤがからかうように笑う。
「るせえな、なんだよ! だから誰なんだよこの人!」
ベルがむくれたようにそう言ってトーヤをにらんだ。
「この人か? この人はな、当代シャンタルの親父さんだ」
「え!」
ベルが目をまん丸に見開いて男を見た。
男は八年前、トーヤとミーヤが客殿で会ったあの、当時の次代様、今奥宮の最奥にいる、あの小さなシャンタルの父親であった。
「え、え、え、なんでそんな人んところに?」
「頼んでたからな」
トーヤがベルとシャンタルに説明をする。
「八年前に宮でこの人と話したことがあってな、そんで、この国に来た頃に俺が一人でうろうろしてたことがあったろ、あの時に頼んでおいたんだ」
「ええー!」
この国に来てすぐ、トーヤは自分のことを知っている人間に会う可能性がある、そう言って奥様に侍女と護衛を付け、3人だけで街に出して目立つように買い物をさせた。その間に自分は一人で動いていたが、その時にここも訪れていたようだ。
「ミーヤの故郷か王都、どっちにいるか分からんかったが、子どもの
トーヤがニヤッと笑ってそう言う。
「この人には俺が先代を国から連れ出すことを言ってあった。そんで戻ってきたのでまあ色々と話してある。家具職人のラデルさん、そんでここはその家具工房だ」
トーヤがそう言っている間、ラデルはじっとシャンタルを見ていた。
「トーヤさんから話は伺っています。ここならほとんど誰も来ませんし、安心して過ごしていただけると思います」
視線を外さないままそう言う。
「まあ、そういうこったからな、ここで世話になりながら次の機会を待つぞ」
「え、次の機会って?」
「そらもちろん、前に言ってたこいつの家族を連れ出す作戦のだよ」
「え!」
ベルが、トーヤがラデルの前でその話をしたことに驚く。
「びっくりするこたねえだろ、そのために力貸してもらうってのに」
「ほんとなんですか!」
ベルがぎゅん! と勢いをつけてラデルを振り返りそう聞いた。
「ええ、そういうことになります」
「ふえ~~~~~」
なんだか妙な言葉を口にしながらベルがかなりかなり驚いたようだ。
「なんだよそりゃ」
トーヤが笑いながらそう聞くと、
「だって、だってさ、あのちびシャンタルのお父さんだろ? 今度はその父親が助けてくれるってことなんだろ? なんかふえ〜ってならねえ?」
ベルの言葉に初めてラデルの表情が緩んだ。
「いや、失礼。なんでしょうな、娘がいるというのはこういう感覚なんでしょうか?」
そう言った後、また無表情に戻り、
「そうなんですな、なんとも幸せなものです、ええ」
そうつぶやいて虚空を見上げた。
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