19 エリス様の過去

「なるほど、そういう方だから、エリス様も侍女と一緒に窓から逃げられたというわけか」

「まあ、そういうことです」


 アランが正面からルギを見てそう答えた。


「言っておきますが、エリス様はトーヤと俺とは違う。戦場では人助けされてただけです。必死でケガ人や病人を助けてた。もちろん全員を助けるってわけにはいかなかったですけどね。そんでその手伝いやらをしてたのがうちの妹です」

「ほう、ではご主人という方とはどうやって知り合ったのだ」


 戦場で人助けをしていたエリス様が、一体どうやってそんな高貴な身分のご主人と知り合ったというのか。もっともな疑問だった。


「重篤な病人を診てほしいって、エリス様の腕を見込んで声がかかったんですよ。戦場だけじゃなく、普通の町や村に移動することもありますからね」

「それほどに腕のいい医者であったというわけか」

「女性でそこまでの方は少ないって話でしたね。何しろ女性しか入れない場所だったもんで」

「おまえたちも付いて行ったのではないのか」

「いや、お屋敷の中までは行ってないです。中まで行けたのは妹だけです」


 このあたりは作り事だが、何があってもいいように先に話を作って四人で共有してある。


「それで、治療をした方はどのような状態だったのだ」

「それは聞いてないです。まあ、そういう高貴なお方ってのは色々むずかしくてね」

「なるほど」


 今はボーナムに変わってルギがアランに色々と質問をしている。

 事情を知った上でそうしているのだ。

 

「で、その時にそこの旦那様ってのが奥さまのことを見初めて、最初は断ってたんですが、どうしてもって惚れ込んで口説き落として。それでうちの妹が侍女に付くこと、それから俺らとの縁を切らないこって条件を飲むならって了承された」

「縁を切らないこと?」

「ええ、妹がどうしても俺とは離れたくない、そう言うのをエリス様がそうしてくださったんでね。それから、やっぱりどういうことがあるか分からないもんで、何かあった時に俺らも二人を助けたかったし」

「何かあるとはなんだ」

「今回のようなことですよ」


 まるで本当にあったことのようにアランが続ける。


「さっきも言った通り、エリス様ってのは戦場で人助けしてた。そんで高貴の出でもない。だから高貴の奥さま方からどういう目で見られてどういうことがあるか分からんでしょ?」

「なるほどな」

「そんで俺らも戦場から離れて、用心棒みたいな感じで、お屋敷の奥深くまでは入れはしませんが、もうちょい表の方で仕事することになったんです」

「そうか」

「それでトーヤがこっち来たこともあるってことをエリス様が知ってて、どうも旦那様がいらっしゃらない間そこにいたらヤバいんじゃねえかってことで、連れてくるってことになったんですよ」

「その旦那様という方はどこにいる」

「それは言えません」


 アランがきっぱりと言う。


「言えないんですよ。エリス様も誓ってることで、他の人間に知られたら、それこそ自害なさる可能性がある」


 エリス様の正体に関してはずっとこれで通すつもりだ。

 そして……


「あ」


 アランはそこでふいに気がついたかのように言う。


「なんだ」

「いや、それでかな、と」

「何がだ」


 ゼトがいらつくように聞く。

 さっきから何回か刺激するような言動をしていたが、まんまとそれに乗ってきた感じだ。


「いや、トーヤが顔隠してた理由です」

「なんだと?」

「宮には知らせず、リュセルスでエリス様のご主人を待つつもりだったから、それで黙ってたのかも。でも、ああいうことがありましたからね」

「ああいうこと?」

「襲撃ですよ」


 あの襲撃は本当のことだと主張する。


「あれも嘘ではないのか」

「違いますよ」


 アランはゼトと正面から向かい合い、ゼトを相手に話を進めることにした。

 一番相手にしやすそうだ。


「家を借りて、そんでご主人を待つつもりしてたらああいうことになったんでね。そんでルークことトーヤがなんとか宮に保護してもらえないかってんで、船長からアロさんにつなぎ取ってもらったんです」


 うまくうまく話を合わせていく。


「そのへんのことは船長に聞いてもらえば分かりますよ」

「そのディレン船長だが」


 ルギがふいに口を開く。


「逮捕されてこの宮のある部屋にいる」

「え?」


 ディレンについては何も情報がなかったので一応驚いてはみる。

 トーヤともしかしたらと話はしていたからだ。


「なんで船長が?」

「ルークの正体を知っていながら、宮をたばかってエリス様ご一行を引き入れた罪だ」

「なんなんすか、その罪は」

「おまえたちと違って、直接キリエ様にどうこうしたという形跡は認められないからな」

「うは、無茶苦茶だな」


 アランが、もしも縛られてなかったら、両手を呆れたように上げ、肩をすくめただろう言い方でそう言う。

 ルギはそんなところまで誰かに似てるなと思っていた。


「ルークの正体がトーヤだと知ってるって船長が自分で言ったんですか?」

「ああそうだ」

「やっぱりかー、あの人も困った親バカだからなあ」


 芯から楽しそうにそう言って笑う。


「トーヤの育て親の夫だそうだな。そのあたりの事情は本人に聞いた」


 ルギがそう言ってアランの手間を省いてくれた。

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