9 慈悲の女神シャンタル
一度光が薄れた空間に、もう一度まばゆい光が戻ってきた。
そして慈悲の女神の姿が空間に浮かぶ。
それは、光よりもまばゆい女神の姿であった。
そして、その姿を見た者たちは誰もが言葉を失った。
その名を呼ぶことを
頭に浮かぶその名が口から出てこない。
そして……
「マユリア……」
最初にその名を口にしたのはアーダだった。
そう、慈悲の女神の姿は、今シャンタル宮にある当代マユリア、史上最も美しいシャンタルと謳われた、その人の姿であった。
「これは、一体どういうことだ……」
トーヤはそう言ったまま後の言葉が続かない。
「そんなことが……」
ミーヤだ。
「だからなんだな……普通じゃねえんだよ、あのきれいさ、人じゃねえ、そう思った……」
アランが夢で見た女神を浮かべながらそう言った。
「あの、俺、マユリアって会ったことないんですけど、あの、この女神様がマユリアなんですか? でも、人間がそんな、こんな美しいって、え、えと、あの……」
唯一マユリアを知らないハリオが戸惑ってダルとリルを見るが、どちらも呆けたように、ただただ女神を見つめるだけで反応がない。
カースのダル一家は、何が起こっているのかを受け止め兼ねて呆然としている。
「あの時の……」
ディレンは船の中で初めてシャンタルを見た時と同じ、顕現の感覚を思い出していた。
「ちょ、待って!」
一番最初に正気に戻ったのはベルだった。
「ちょ、ちょ、これ、どういうこと? ええっ、マユリアのそっくりさん? え、どっちがどうなんだよ!」
「るせえ……」
トーヤがベルの声で少しだけ自分を取り戻し、
「あんたが本家シャンタルか」
絞り出すようにやっとその言葉を口にした。
『その通りです』
その口から流れ出たのは、トーヤたちがよく知るマユリアと同じ声だった。
「悪い冗談だな……」
トーヤが精一杯負けん気だけでそう言った。
「それで……」
一度言葉を止め、トーヤが一つ咳をする。
そうしないと声がかすれて続きそうになかった。
「それで、だな」
もう一度止め、今度は深く息を吸った。
「あんたと、マユリア、俺らのよく知ってるマユリアが同じ姿だってのは、一体どういう理由なんだ?」
やっとそこまでを口にできた。
「あ!」
「なんだよ!」
女神に向かうことができなかった力が角度を変えてベルにぶつかる。
「も、もしかして、マユリアの体って、あんたの体なのか?」
「え?」
「マユリアがラーラ様になって、シャンタルがマユリアになったんだ!」
一瞬、意味が分からないような名前の羅列だが、トーヤもすぐに理解した。
「そうなのか?」
トーヤが頭の中で整理しながら補足を加えていく。
「慈悲の女神シャンタルの侍女の女神マユリアが、その体を人として生まれさせてそれが今のラーラ様になってる。そんでその次に女神シャンタルその人が今度はその体を人として生まれさせて、それが今、宮にいるマユリアになってる。そうなんだな?」
『そうとも言えますし、そうではないとも言えます』
「またかよ」
トーヤが苦笑する。
「どこがそうで、どこがそうでないか説明してくれねえか。俺も今のでもういっぱいっぱいだ。なあ、一体どうなってる?」
マユリアの顔をした女神が微笑んだ。
微笑む顔もマユリアそのものだ。
「そりゃまそうか、同じ顔だもんな」
言ってしまってからトーヤは自分が冷や汗をかいているのに気がついた。
『ベルが言ったように、わたくしの神としての身を人として生まれさせた者、それが当代のマユリアなのです』
「やっぱりか」
信じがたいことだが、当人の口から聞いたのだから、もうそう信じるしかないのだろう。トーヤはそう思った。
「そんで、どこがそうでないなんだ? 俺が見る限り、あんたとマユリアは全く同じだよ。違うところなんかなさそうに思えるんだがな!」
トーヤは言葉を続けることで、やっと自分を取り戻しつつあった。
『確かに当代マユリアになってはいますが、それだけではないのです』
「え?」
そう言われてもやはり意味が分からない。
『創世記』
マユリアの顔をした女神がそう口にする。
『覚えていますね』
「ああ、あれか」
トーヤも思い出した。
「なんか、神様が自分を2つにして光と闇ができて、そこから全部始まった、とかってやつだな」
『その通りです』
「じゃあそれは分かった。それがなんであんたとマユリアに関係あるんだ?」
『マユリアが』
そこまで言って女神が一度言葉を切った。
『わたくしの侍女のマユリア、女神マユリアとわたくしの違いも理解できていますね?』
「あんたと女神マユリアの違い?」
『そうです』
トーヤがなんだったかと考えているとまたベルが思いついた。
「えっと、この人は光と闇から生まれた、えっとなんとかの神で、マユリアは俺と同じ神様の種から生まれた女神様だって言ってた」
「ああ」
『次代の神』
女神が言う。
『マユリアは次代の神ではありません。それゆえ、それだけで人としてその身を生まれさせることができたのです』
「それだけ?」
『その身を生む親御様を選ぶことです』
「さっき言ってた条件付けってやつか」
『その通りです』
「分からん」
トーヤは思ったままを口にした。
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