11 撹乱
「では、カースにはエリス様ご一行はいなかったんだな」
「はい」
ルギはゼトからの報告を受けて、顔には出さないがホッとしていた。
「てっきり村長宅にいるものと思ってまずそこに踏み込んだのですが、逆にトーヤが戻ってきているのかと驚かれました」
「そうか」
「全ての家を調べたのですが、どこも同じ反応で」
ゼトは悔しそうにそう言う。
「神殿はどうだ」
「カースの海神神殿は……」
ゼトが少し言いにくそうにする。
「どうした、何かあったのか」
「あったと言うほどではないのですが」
ゼトの説明によると、カース神殿に隠れていた者があったということであった。
「隠れていた者だと?」
「はい、村長の孫と申す者が神殿の中におりました」
「村長の孫か。何番目の孫だと言っていた」
「はい、2番目だと」
「ということは、ダリオか」
「はい。隊長はご存知なのですか?」
「八年前にカースには出入りしていたからな」
「ああ」
言われてゼトも思い出す。当時、ルギは今のゼトの地位である第一警護隊隊長であったが、マユリアの勅命で「託宣の客人」の共をしていた。その時にカースへしばしば行っていたことは記憶にある。
「ダリオなら、そのぐらいのことはあるかも知れんな」
「そうなのですか」
「ああ。3兄弟の中で一番気ままな性格だ」
「それでですか」
ゼトはなんとなく納得した顔になる。
「しかし、仮にも神殿に隠れるなどということがあるでしょうか」
「隠れて何をしていた」
「それが」
またゼトが少し困った顔をして、
「家で飲んでいたら母親に怒られたということで、こっそり神殿で飲んでいたのだと申しておりました」
聞いてルギは仕方なさそうに笑う。
「まあ、そのぐらいのことはやるかも知れんな」
「そうなのですか」
ゼトがまた驚いた顔になる。
「トーヤが一番親しくてしていたのは月虹隊隊長のダルだが、性質で言うとダリオと一番近かったように思う」
「そうですか」
ゼトはトーヤの名前を聞いて少しだけ顔をひきつらせたようだ。
「神殿にはダリオがいて、他には何かおかしな点はなかったか」
「はい、他には特別には」
「漁具小屋などもあっただろう。それから共同浴場など、身を隠せるような場所はいくつかあったはずだ」
「はい、そのような場所も全て調べました」
「ということは、カースにはいなかったと判断するしかないということだな」
「はい」
「分かった。報告ご苦労だった。下がってくれ」
ゼトは頭を下げると下がっていった。
ルギはゼトが出ていったのを見送ると、ふうっと苦笑する。
衛士たちにはご一行が宮にいるのかいないのかをはっきりはさせていない。宮にいるようでいないような、そしていないようでいるような言い方をしている。そしてそれは、中の国からエリス様ご一行を追ってきている者たちを
部下たちは混乱していたが、現実はどうでも、命じられた限りはできる限りの捜索をする。それが衛士たちの務めだからだ。
部下たちはルギの言葉に従い、リュセルスもカースも力の限り捜索をしている。特に、封鎖明けのカースは、トーヤが行くだろう最後の砦として隅から隅まで探しているはずだ。
あの海神神殿は八年前にマユリアの
おそらく、ダルの家族はご一行を神殿に隠していたに違いない。ゼトの報告でルギはそう確信を持った。神殿に人がいた痕跡があっても不思議ではないように、あえてダリオを神殿に待機させたのだろう。その上で、衛士たちが来たことに驚いた振りをして、家中を捜索させ、帰ってきているのに自分たちにそれを知らせないトーヤに水臭いと怒って見せた。ダリオはなんらかの方法で衛士が村に来たことをトーヤたちに知らせ、神殿から洞窟に逃した後、自分はそのまま神殿に残ったということだ。
ルギは隊長室を出て、侍女頭の執務室へ報告へ行く。
「エリス様ご一行の姿はカースでは見つからなかったとのことです」
「そうですか、ご苦労さまです」
キリエは静かにルギの報告を聞く。
「神官長は今度の捜索のことを知って、どう思うでしょうね」
「今回カースへ向かわせた部下以外には、そのことは知らせてはおりません」
「それでもおそらく、衛士の動きには目を向けていることでしょう」
「はい」
「これでご一行がどこにいるか、我々にも分からないと思ってくれればいいのですが」
トーヤたちには交代の時には絶対に宮にいてもらわねば困る。だが、神官長がエリス様が先代ではないかと疑いの目を向けていると分かった今、宮にいるのは危険だ。
「私たちにもご一行がどこにいるかは分かりません。それでいいでしょう」
「はい」
おそらくトーヤたちはあの洞窟にいるはずだ。交代まで一月ほど、その間ずっと隠れ続けるわけにはいかないだろうが、きっと切り抜けてくれるはず。
「信じるしかありませんね」
「はい」
キリエにはキリエの、ルギにはルギのやらねばならないことがある。トーヤたちのことはトーヤたちに任せる。それしか今はできることがない。
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