9 女神のわがまま
「エリス様たちはどうなさっていらっしゃるのかしら」
当代シャンタルがそうつぶやき、ふうっとため息をついた。
リュセルスが封鎖になり、宮の中は色々と慌ただしく動いてはいるのだが、交代を迎える御本人には特にやることもない。つまりは暇を持て余している状態であった。
通常の交代ですらやることが山ほどあり、侍女たちはあたふたと走り回ることになるのだが、今回はそれ以外にも常ならぬことの連続で、何をどうしていいものか、古参の侍女たちですら分からず立ち尽くす。
そんな中、取次役が姿を潜め、今まである意味二つに割れていた侍女たちを、数年前の通りに侍女頭が頭一つとなってなんとか取りまとめている、それが今の宮の状態であるのはなんとも皮肉でもあった。
小さな
何者かが侍女頭に害をなそうとしたしたことも、「中の国」からの客人たちが突然出奔したことも、そして主が少しばかり恐れていた「取次役」が逮捕されていたことも。
「ラーラ様」
つぶやきに返事がなかったことから、小さなシャンタルはしびれを切らしたように「母」に呼びかける。
「なんでしょう、シャンタル」
「エリス様たちとまたお茶会をしたいです」
言われてラーラ様が困った顔になる。
「また外の国のお話を伺いたいの」
はっきりとそう要望を伝えられ、ますます困った顔になる。
現在8歳の当代シャンタルは、どちらかというと内気で内向的、あまり自分からこうしたいああしたいと発言するような子どもではなかった。
これは、元々のご性質の上に、一度も託宣ができなかったことで自分に自信が持てなかったことも主な理由であった。それが次代様のご誕生の託宣で、ようやく自分もシャンタルであるとの自信を持つことができ、中の国の方たちとのお茶会の中で「黒のシャンタル」の話を聞いたこと、侍女たちの直接の思いを聞いてどれほど自分を大切に思っていてくれたかを知ったことなどから心が開放され、やっと今の自分でいいのだと思えるようになった。
先代がその力と引き換えのように失っていた自分自身を取り戻し、急な成長と共に子どもらしくなっていったように、当代も少しばかり赤子返りでもしたようにラーラ様やマユリアに甘え、時にわがままを言うようにもなっていった。
「ラーラ様、聞いていらっしゃいますか?」
シャンタルがぷんっと怒ったようなふくれっ面でラーラ様にそう言うのを見て、ラーラ様は思わず小さく笑う。
「もう、何がそんなにおかしいのでしょう」
「いえ、申し訳ありません」
そう言いながらラーラ様はまた笑う。
「ラーラ様!」
「ごめんなさいね」
ラーラ様はうれしかったのだ。
先代の時はやむ得なかったとはいえ、自分をシャンタルから切り離し、その成長の過程を見ることが叶わなかった。その子どもの成長の時を、こうしてゆっくりとそばで見守ることができる、それがとても幸せであった。
「どうして笑うのですか?」
「いえ、シャンタルがあまりにお可愛らしかったもので、つい」
「もう、それでは笑っているお返事になっていません!」
そう言いながらも小さなシャンタルは少し照れくさそうに顔をそむけた。その頬がほんの少し赤らんでいる。
小さなシャンタルは少し横を向き、ぷんぷんと怒った振りでしばらくラーラ様が笑う姿を見つめていたが、
「ラーラ様!」
そう言ってラーラ様の胸に飛び込んでしがみつき、
「ねえ、いいでしょう? エリス様たちとお話をしたいのです」
そう直線で訴えてきた。
「そうですねえ……」
ラーラ様は困りながらそれだけをやっと答える。
「だめなの?」
小さな主がつぶらな黒い瞳でラーラ様の静かな黒い瞳をまっすぐ見上げる。
「そうですねえ……」
ラーラ様はどう答えればいいのか困る。
多少のことは聞いている。セルマとなぜかミーヤも一緒に身柄を拘束されていること、中の国のご一行が行方をくらましたこと、そして一行と関係が深いディレン船長とアランが逮捕されたことなどは。
だがまだラーラ様にも「ご一行の正体」についてはお話をしていない。
ラーラ様はお心優しくまさに母という存在の方ではあるが、その一方でお心弱い部分がある。
もしも、エリス様とルークの正体を知ったならどれほど動揺なさるか、それを考えてマユリアたちがそのことについては伏せていたのだ。
故にラーラ様もなぜエリス様ご一行が姿を消したのかの理由を知らない。ただ、逃げたと聞いて、それは当代にはしばらく秘密にと言われているだけであった。
「今は封鎖で宮の中も慌ただしくしておりますから、一度ご都合を聞いてから、ということにしてはいかがでしょうか」
ラーラ様はやっとのことでそう言う。
「そうですね」
小さなシャンタルもその言葉には納得したようで、
「では、すぐに聞いていただけますか? それでご都合がよかったら、すぐにもお会いできますよね」
可愛らしい顔いっぱいに期待の笑みを浮かべてそう言う。
「そうですね、一度キリエに聞いてまいります」
「ええ、お願いします!」
ラーラ様はどうやっても子に、シャンタルには甘くなる自分に、心の中で小さくため息をついた。
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