19 二度目の訪問

「隊長、ご面会です」


 当番の衛士が執務室に一人残っているルギに、申し訳無さそうに声をかけた。


「もう時間も時間ですしとお断りはしたのですが、どうしてもとおっしゃって」


 前回、ある人の夜間の訪問を受けた時とは違う人間だが、同じ時期に入隊したまだ若い衛士が、その時の隊員と同じように困った顔で支持を仰ぐ。


「どなただ」


 若い衛士が告げた名に、やはりと思う。


「分かった、入ってもらってくれ」

「はい」


 若い衛士は訪問客を案内し、お茶を出すために一度部屋から出ていった。


「夜分に大変申し訳ありません」


 その人物、神官長は薄く笑いながらゆるやかに頭を下げ、ルギが示す椅子に腰をかけた。


 しばらく待ち、当番の衛士がお茶とお菓子を置いて下がると、神官長がにこやかにルギに声をかける。


「この間の夢の話、お考えいただけましたか?」

戯言ざれごとうかがったことは今思い出しました」


 ルギの答えを聞いて神官長が静かに、だが、楽しそうに声を抑えて笑った。


「それで、今日は一体どのようなご用向きでしょう」


 ルギが表面だけは穏やかに聞く。


「ですから、この間の続きですよ。真に女神の国たる――」

「失礼ながら」


 ルギが神官長の言葉をさえぎる。


「先日はご自分で戯言とおっしゃっていたので私の胸一つに収めました。ですが、あまりにしつこくそのような言動を繰り返されるのならば、黙っておくわけにはいかなくなります」

「ほほう」


 神官長は驚いたように目を丸くするが、口元は笑みを浮かべている。

 驚いてはいないのだ。これぐらいの反応は想定内ということなのか。


「黙っておくわけにはいかない。それは、つまり、どういうことでございましょうか?」


 ルギはほんの短い間、神官長の表情を少し見下ろすようにしてからゆっくりと答えた。


「上に報告することになるでしょう」

「上に、ですか。それで、そうなると、私はどうなりましょう?」


 神官長は興味深そうな目でルギをじっと見つめて聞くと、口を閉じて次の言葉を待っている


 「最悪の場合」


 ルギは神官長の視線から目を放さずに続ける。


「王家に対する反逆罪ということにもなりかねないかと」

「ほほう、それはなんとも、恐ろしいことになるものです」


 神官長のその口調、まるで子どもに驚かされた大人のような態度に思わずルギもいらつく。


「お分かりなら早々そうそうにお引取りください」

「いやいや、それがそうは参りません」

「なんですと?」

「今少しばかり、ルギ隊長、あなたにお話ししなければならないことがございますゆえ」

「私にはお伺いする話はございません、お帰り下さい」


 ルギはきっぱりと拒絶するが、神官長は動こうとしない。


「お聞きになれませんでしたか? お帰り下さい」

「では、お尋ねしたいことならいかがでしょう? お答えいただけますかな?」


 ルギは少し考えたが、答えずに返せばこの先も何度も訪ねてこられるだろう、そんな気がした。


「いかがでしょう?」

「お答えしたら帰っていただけますね」

「もちろんです」

「では伺いましょう」

「ありがとうございます」


 神官長は座ったまま深々と腰をかがめて頭を下げた。

 まだ若い頃からずっとそうして下げ続け、体がすっかりその動きに慣れている。そんな風に見えた。


「それで、尋ねたいこととはなんでしょうか」

「はい。先ほど隊長は先日の話を胸一つに収めたとおっしゃいましたが、それはなぜでしょう」

「え?」

「どうやら私の申しました戯言は、下手をすると王家に対する反逆罪にも値するということですが、それほど危険なことをなぜ上に報告せず、その胸一つに収められました?」

「それは――」

  

 ルギは思わぬ質問に一瞬言葉を失ったが、


「それは、仮にも神官長という立場のお方が、たった一言の戯言でその地位を追われるのはあまりのこと、そう考えたからです」


 やっとのようにそう答えた。


「そうですかな?」

「ええ」

「違いましょう」

「何がでしょうか」

「違いますな、それは」


 神官長はルギの返事を待たず、小さくクツクツと笑う。


「何かそのように笑われるようなことを申したでしょうか?」

「いえいえ、あなたという方が思った以上に正直な方であったもので」


 ルギは心の内を顔には出さぬように、無表情で沈黙する。


「これまでのあなたなら、きっとキリエ殿に報告をなさったはず」

「それはどうでしょうか」


 ルギは極めて冷静に、事務的な口調で答える。


「何もかもをキリエ様に報告するわけではありません。宮の内には用向きが多い。その中で判断して必要と思われたことを上に上げている。上げる先が衛士長であるか、侍女頭であるかは関係なく、それが衛士の役目であり、警護隊隊長としての役目です」


 ルギが淡々と言うのを神官長は黙って聞いていたが、聞き終わるとゆるやかに両の口角こうかうを上げてうっすらと歯を見せた。


「つまり、あれですか、あの戯言は上に、衛士長にも侍女頭にも上げる価値はない、そう判断なさったということですな」

「そういうことになりますな」

「あの、下手をすれば反逆罪になりかねない戯言は、上げる価値がない、そう判断をなさったと」

 

 神官長は笑いをかみ殺すように小さな音を立てて笑うと、


「いいえ、違いますな、あなたにもよく分かっていらっしゃるはずだ」


 そう言い切った。

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