15 有と無
光との会話で分かったこと、肉体は魂やその命から見るとほんの一部の小さな存在ではあるが、その存在は特別なものであるということ。リルやアランが言ったように、命と肉体というのはそんな関係なのだろう。
「で、でもさ、それでいったらあれじゃん、ここにももう半分いるじゃん!」
ベルが右側に座るシャンタルの袖をぐっと握り、挙手されるような形に持ち上げてぶらぶらと振った。
「シャンタルの中にあんたがまだ残ってるんでしょ? ってことは、マユリアより上じゃん! 強いじゃん! 勝てるよな?」
ベルにそんな風にされてシャンタルは一瞬驚いたが、すぐに笑いながらこう言った。
「そんなに簡単かなあ。もしもそうなら、こんなに色々悩まなくてもよさそうに思うよ」
おそらくその通りだろう。トーヤは黙って仲間二人のやり取りを見ながらそう思っていた。アランも同じように思っているようで、チラリとトーヤを見た後は何も言わずに黙っている。
『童子』
光がいつものようにベルをそう呼ぶ。
『同じ半身と申しても、当代マユリアと『黒のシャンタル』では違うのです」
「何がどう違うんだよ」
『当代マユリアのその身はほぼわたくしそのもの』
『ですが『黒のシャンタル』はそうではありません』
『わたくしの持たぬもの、わたくしの反面が『黒のシャンタル』なのです』
「いみ、わっかんねえ!」
ベルが足を踏み鳴らして立ち上がる。
「どういう意味だよどういう意味だよそれ! なんかあんたの言い方聞いてるとシャンタルが変なもんみたいに聞こえんだよ! 反面って、それってあれだろ、あんま良くない時なんかに使うよな、えっと、なんとかって」
「反面教師?」
「そう、それだよ! って、おまえも自分のことなんだからそんなしれっと言ってんじゃねえよ!」
ベルがシャンタルにまで噛みつく。
「けど、そうそう、それだ。まるでシャンタルが悪いもんみたいじゃん! それか残りカスみたいな!」
「ひどい言い方だなあ」
「だから本人が笑うなって!」
今のベルにはどんな言葉もイライラの種にしかならないようだ。
『童子』
『そうではないのです』
光が諭すように声をかけた。
「じゃあどういう意味――」
「落ち着け」
「だって!」
「まあいいから話を聞け」
トーヤとアランが落ち着いた声でそう言うと、やっとベルが肩で息をしながら口を閉じた。
「悪いな、続けてくれ」
『分かりました』
光がほんの少しゆるやかに光って続ける。
『神がその身を分かちてこの世をお作りになった時』
『神の身は光と闇になりました』
『そして光と闇からこの世のすべては生まれ』
『今も生まれたものからあらたなものが生まれ続けている』
『神はその身を光と闇に成そうとされたのではありません』
『分かたれたその身が光と闇となったのです』
『わたくしが我が身を人と成そうとした時』
『その身をそのまま人と成すことはできず、分かつこととなりました』
『わたくしにもその身がどう分かたれるか分からぬことだったのです』
『人の世に十年の月日を空けて生まれしその二つ身』
『先に生まれたその身は当代マユリアに』
『その身はほぼわたくしがそのまま人と成ったのと同じ』
『そのように生まれたのです』
「それで今の、俺らが知ってる当代はあんたそのものってことなんだな」
『その通りです』
光の言わんとすることが少しだけ理解できた気がした。
「つまり、マユリア、当代マユリアのお体はほぼ女神そのもの、そう思っても構わないのでしょうか」
リルがそう聞く。
『その通りです』
「では、こちらにいらっしゃるご先代」
リルはそこまで言って、一度すっと言葉を飲み込んでから、思い切るように続きを口にした。
「黒のシャンタルは、一体どのようなお方と理解すればよろしいのでしょうか」
『黒のシャンタル』
光の一言に空間に緊張が走る。
『わたくしではないもの』
『マユリアと共にあることで完全となる存在』
『それが黒のシャンタルなのです』
沈黙が続く。
どう理解すればいいのかが分からない。何をどう言えばいいのかが分からない。
ゆるく流れる光の中、しばらく沈黙が続き、やっとトーヤが動いた。
「申し訳ないが、なんだか聞いても今ひとつよく分からん。あんたではないもので、マユリアと一緒で完全になる。さっき言ってた反面ってのがそれってことなんだろうけど、やっぱり考えてもなんだか分からん」
トーヤはゆっくりと静かにそう伝えた。
『当代マユリアは慈悲の女神シャンタルがこの世に降りた者』
『ほぼそう思ってもらっていいと思います』
『黒のシャンタル』
『それは慈悲の女神シャンタルでありながら、シャンタルではない者』
『そうとしか説明ができないのです』
『あえて何かの言葉にするのならば』
『有と無』
『そのようになるのでしょうか』
『無が形をとった者』
『それが黒のシャンタルなのです』
女神シャンタルが「黒のシャンタル」とは何者かを初めて言葉にした。
だが、それを聞いても、いや、聞いたからこそなお、「黒のシャンタル」とは何者かが分からなくなった。
ベルのいつもの口癖さえも出ぬほど、みながその言葉をどう受け止めればいいのか戸惑いの中にいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます