18 断髪
「よく父親は娘に甘いって言いますが、なんとなく気持ちが分かった気がします」
ラデルがそう言ってさらに、
「だけど、だからこそ危険な真似はさせられない、そうも思います」
と言い切った。
「娘だからだめってこと? そんじゃこうする!」
「なにを!」
「あっ!」
ラデルとアランが驚くが、止める間もなくベルが旅の弟の衣装の腰から短刀を引き抜き、自分の髪をつかむとザクリと切り落とした。
「息子だったらいいんじゃね?」
そう言って切り取った髪をぽいっとテーブルの上に投げ出した。
「おまえ」
「兄貴ぐらい短くすりゃ男の子に見えるようになるだろ?」
「だからってな、そんなことするよりかつらかぶりゃいいだろうが。ほれ、ここ来る時にかぶってたやつ」
「あ~そういやあったな」
今初めて思い出したようにそう言うが、
「けどさ、かつらだったらなんかの時にばれるかもしんねえだろ? こうしておきゃ本当の男の子だって思ってもらえるかも」
そう言うとザクリザクリと続きを切り落とす。
「……このお嬢さんは……」
ラデルが真剣な目でじっとベルを見てから、
「分かりました、染め粉を買ってきます。そして私の弟子、家具職人見習いということにしましょう。その代わり絶対に一人で行動しないこと、いいですね」
「わかった約束します!」
そう言ってにこりと笑い、
「兄貴、後ろ頼むよ」
「おまえは……」
もうここまでやってしまったら仕方がない。
「動くなよ、ケガするからな」
「おう、きれいに頼むぜ」
アランが短刀を受け取り、それでもやはり何か張り詰めたような顔で少し手を止める。
「なあ兄貴」
ベルが背後にいるアランがどんな顔をしているかまるで見ているように、
「だーいじょうぶだって、髪なんかまたすぐに伸びるって。それにどんだけ短くなったっておれがべっぴんなのは変わらねえ、そうだろ?」
そう言ってニッカリと笑った顔をアランに向けてきた。
「しょうがねえなあ……それに、もっと長い髪だとしたって、中身がこれじゃおしとやかには見えねえしな」
「なにおぅ!」
「ほれ、動くな」
ザクリザクリと削ぎ落とすように短く短く切っていく。
「どうせやるならな、本当に悪ガキみたいに見えるように切ってやる。その方がバレる可能性が少なくなる。つまりおまえが安全だってことだからな」
「おうよ、分かってんじゃねえか。思いっきり頼むぜ」
「おう」
後ろの下半分は刈り上げるように短く短く。そして上を少しおしゃれっぽく長めに残して形を整えていく。
「ほれ、できあがりだ」
「ありがとな。鏡ないかなって、あれだ」
だだだだと二階に駆け上がっていく。
「っとに、髪の毛ぐらい片付けてけよな」
呆れたようにそう言うアランを見て、笑いながらラデルがほうきとちりとりを持ってきた。
「あ、俺やります」
「いえ、やらせてください。今頃泣いてるかも知れない」
「え?」
「ベルさん、少し涙ぐんでました」
「え……」
「きっと、泣いてる顔をアランさんに見られなくなかったんでしょう」
「そう、なんですか」
「かも知れないです」
そう言いながらラデルが手を動かして床に落ちた髪を集めていく。
「これ」
テーブルの上に最初にベルが切り落とした一房をそっと集め、
「どうぞ」
アランに渡した。
アランは無言で受け取るとしばらくじっとそれを握っていたが、ふいっと他の髪と一緒にちりとりに入れた。
「まだこれからいくらでも伸びますから」
そう言って固い笑顔をラデルに向ける。
「そうですね」
「はい」
しばらくするとベルがリル島で買ったあの手鏡を持って降りてきた。
「なんか、すげえいい感じじゃね?」
満面の笑顔でそう言う。
「兄貴さあ、傭兵やめたら散髪屋になれるぜ、これ」
「そうか?」
「うん、すごいいい感じ。もっと虎刈りになるかと思ってたのに」
本気で気にいっているようだった。
その笑顔を見てアランもラデルも少し気持ちが軽くなったように思えた。
シャンタルが起きてきたのはもう昼近くなってからだったが、一階に降りてきてベルの頭を見て、
「あれ~どうしたの?」
のんびりとそう言う。
「変装だよ変装。おれ、これからしばらくラデルさんの弟子、家具職人見習いになるから」
「へえ」
シャンタルは一言だけそう言ってベルに近づくと、短く短く刈られた上に黒く染められた髪をそっと撫でて。
「ベルはどんな髪型してもかわいいなあ」
そう言ってにっこりと笑った。
「だろ~かっこいいだろ?」
「うん、いいなあ。私もそうしたいけど、今はだめだからなあ」
すごく残念そうにそう言ってため息を一つつき、
「でも役目が終わったら真似しようかな」
「いいな、おれもシャンタルの短い髪見てみたい」
「そう?」
「うん、シャンタルはきっとどんな髪型してもべっぴんだ」
「それはそうだろうけどさ」
「自分で言うか~」
そう言って2人でケラケラと笑う。
「まったくなあ、おまえら見てると世の中に深刻なことって一つもないような気がするぜ」
「そうかもな~」
「うん、そうかもね」
そう言ってさらに笑う2人とそれを呆れたように見ているアラン、その3人を見てラデルもなんとなくほんのりと笑った。
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