17 早朝のお茶会

 「お父上」の振りで宮へ潜り込むために出かけたトーヤを見送った後、アラン、ベル、そしてシャンタルの3人はラデルの工房の二階でひっそりと息を潜めて過ごすことになっていた。


 その翌朝、まだ朝というにも早い時間から夜を持て余すように起き出したベルは、イライラと部屋の中を歩き回っていた。


「おまえなあ、まだ朝ってより夜だ、こんな時間からうろうろしたら迷惑だろうが」


 アランの言葉にベルはじろりと一瞥をくれると、


「よっく平気で寝てられるよな。兄貴、どんだけ冷たいんだ」

「ああん?」

「トーヤな、一人で乗り込んでるんだぜ? 気になんねえのかよ!」

「おまえなあ」


 アランはやれやれという感じで起き上がりベッドに腰掛ける。


「いいから座れ」


 そう言ってベルを向かい側のベッドに腰掛けさせた。


 どの部屋を使ってもいいと言われていたが、昨夜は結局、ラデルに最初に案内された部屋でシャンタルと3人で一緒に寝ることにした。初日トーヤも一緒に寝たそのままの部屋だ。

 

「いいか、よく聞けよ。トーヤの邪魔をしないには、とにかく俺たちが見つからねえようにする、それが一番なんだよ。俺たちはここじゃ思ったように動けねえ。特に俺は船長と一緒にあっちこっちに出張でばってるからな、顔見知りも結構できただけに外に出るのはヤバい」

「分かってるよ、そんなこと!」

「おまえはまだその髪と目だから多少は俺よりましかもしんねえが、やっぱり顔知ってるやつもいるよな。そんでシャンタルは言うまでもない」

「だから分かってるって!」

「分かってんならもうちょっと寝てろ。睡眠不足は余計に頭を鈍らせる。もちろん体もな」


 アランはそう言うとベルに背を向けてもう一度布団をかぶってしまった。


 部屋の入口から入って左側にベッドが6つ並んでいる。部屋のかなり右側に作られた扉の右側には小さいテーブルと椅子が2つあり、手紙を書くとかちょっとした作業ならできそうだが、基本は寝るだけの部屋のようだ。

 廊下側と窓側、両方に頭を向けたベッドが3つずつ。その窓側の一番奥にベル、並んで真ん中にアランが寝て、反対の廊下側の一番扉側にシャンタルが寝ていた。初日の夜はトーヤがアランの隣に寝ていたが、なんにしてもベルのすぐ近くに「野郎ども」は寝させないようにアランがそう決めたのだ。


 アランはまだ不服そうに兄を見下ろしているベルに対して、背中で、


「それにな、おまえがそうしてカツカツ音立てて歩いてると下の部屋のラデルさんも寝られねえだろうが。あの人にも迷惑になる」

「そうか」

「ああ、さすがにまだ寝てるだろう」

「いえ、もう起きてます」


 その声に兄と妹がびっくりして扉を振り向いた。


「年寄りは朝が早くてね。起きてるようなので見に上がってきたんですが」


 そう言って一番手前で寝ているシャンタルを見るが、全く起きる気配もなく、すうすうと美しい寝息を立てながら寝ている姿にふっと笑った。


 ラデルは見たところ四十代半ばぐらいに見える。おそらく実年齢もそのぐらいだろう。


「まだ年寄りって年でもないでしょ」


 ベルがちょっと笑ってそう言うと、


「まああなた方よりは年寄りですよ。起きてるならお茶でもどうです。もう寝られないんじゃないですか?」


 と言ってお茶に誘ってくれた。


 熟睡中のシャンタルは置いておき、兄と妹が神の親と一緒に階下へ降り、温かいお茶を囲む。


「寒いからしみる~」


 ベルがそう言って温かいお茶の入ったカップを両手で持って顔を近づけ、湯気の温かさを楽しむ。


「侍女がお行儀悪いですわよ」


 アランもお茶を飲みながらホッとしたようにそう言って妹をからかった。


「なあ」


 ベルが真顔になって兄と神の父親に話し始めた。


「おれ、閉じこもって逃げ隠れするだけじゃなくてなんかしたい」

「なんかってなんだよ」

「わかんねえよ! けどなんかはなんかだ!」

「分かるかよ、そんなで」


 アランがベルの頭をはたいたが、とても柔らかかった。アランもベルの気持ちが嫌というほど分かるからだろう。


「わかんねえけどよ、ここでじっとトーヤを待ってるのはやだ」

「それは分かるけどな」

「だから、外に出られればいいんだろ? なあラデルさん、俺の髪の毛黒くする方法ってない?」

「え、それはあるだろうけど」

「どうすりゃいい?」

「染め粉で染めるかな。白髪を気にする人がそうやって染めてますよ」


 白い物が交じる頭を指しながらラデルがそう言った。


「すみませんが、それ買ってきてもらえませんか」

「それはいいけど」

「おれは侍女ってことで顔も化粧で大人みたいに作ってたし、それに大部分の人には目だけしか見られてないから。それに兄貴と違ってかなり濃い茶色だから、髪だけ黒かったらなんとかなる気がする」

「うーん……」


 ラデルがベルをじっと見て首を傾け、


「やってみないと分からないですが、まあ茶色い髪よりは目立たないかな」

「でしょ!」


 ベルがガバっと立ち上がり、立ったまま深く頭を下げた。


「お願いします! いわれたみたいに部屋でじっとしてた方が安全なんだってわかってます、けど、おれ、おれ」


 今度はガバっと頭を上げ、


「おれ、じっとしてられないんです、なんかしてないと」


 そう言ってラデルの目をじっと見つめた。

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