22 禁忌はない
そしてマユリアは心を閉ざした、主から。
ラーラや当代が「黒のシャンタル」にその心を明け渡しながらも、草原に置いた箱の中に大事な事柄を隠していたように、これまで共有していた、一つであった心はそのままに、箱の中に秘密を
箱の中にはマユリアの野望が入っていた。
――わたくしこそがこの地の唯一の女神たるべき――
人を見捨てた主を見捨てるのは人を愛するが故。その決意がそこには入れてあった。
そしてマユリアは
ある山の中の村に目的とする者はいた。その者本人ではなく、その者の血を継ぐ者がやがて大きな
それではと、今度は目的とする者と、その者に血を分ける者たちを
主がシャンタリオの神域を開くために外の世界に
さすがにシャンタル宮の中では主の力がはるかに強い。今はその者に手を出すのは得策ではない。やがて時が満ちるだろう、その時にまだ邪魔な存在であるならば、あらためてどうするかを考えればよいことだ。宮の内にいるというとことは、自分からもよく見えるということ。見えないどこかに隠れてしまうよりは、はるかにやりやすかろう。そう考えてとりあえずはその時を待つことにした。
「助け手」となるべき種たちにもマユリアは手を伸ばす。手を伸ばしたと言っても直接害したわけではない。ただその種がうまく芽を出さぬ場所に、ほんの少し動かしただけ。
そのことである者は幼くして命を落とし、ある者は生きながらえても本来生まれるべきだった土地に戻る希望が
主は今は肉体を失い、その肉体に宿るのは自分である。主には神域の外にある種たちにまで力を向けるゆとりはとてもない。神域の中を守るだけで精一杯。これはとてもやりやすい作業であった。
――そう、今は主その人をそのままに映した肉体を持つマユリアの力の方が強い――
その事実にマユリアは優越感を感じ、全神経がゾクゾクと冷たい花を咲かせるように感じた。
だがそんな中、たった2粒だがその種がこちらへ向かう様子が見えた。どうやらうまくあらゆることを乗り越えて芽を出した2粒らしい。
このまま平穏に旅を続けたならば、2粒ともこちらに戻ってきてしまう。それではと、船が嵐に遭うようにと旅程を調節してみた。本来は立ち寄る予定であった「サガン」で、手形のあらためが厳しいと耳にした船の責任者が寄港を嫌い、大きく外回りでカトッティへと向かうルートを選んだ。そのために後一日のところで船は大嵐に巻き込まれ、跡形もなく砕け散った。さすがに命のある者は残るまいと思ったが、どういうことか1粒が生き残り、こちらもまた宮へと保護されることになった。
総合的にはマユリアの方が強い力を持っている。だが、宮の中では別だ。シャンタル宮には想いが満ちる。当代マユリアの想いが。今、宮の中で一番強いのは神の身を持つ当代、そしてその半身の「黒のシャンタル」である。さらになんということか、自分の肉体を持って人となったラーラの母としての想いは神とはまた違う強さを持って宮の中を守っている。
とてもこれでは手を出せない。マユリアは黒のシャンタルが目覚め、自分の想いとは違う方向に動くのを見守るしかない。
そしてマユリアの思考は同じ時に戻る。あの不思議な声に自分が
(あなたこそこの神域を統べるもの)
(全てを手に入れるべき)
(一番強く愛するものが一番強く正しい)
(見捨てるものが見捨てられるのは当然のこと)
(何も罪の意識を感じることなんてないわ)
そう、自分こそが人を愛し、この神域を愛している。主は見捨てたのだ、ならば自分がもらって何が悪い。
「そのためならばなんでもする、そう禁忌は何もないのです」
『シャンタルの
この時のほんの少し前、マユリアがトーヤが突きつけた二つの残酷な条件を満たすために口にしたその言葉を、同じ肉体が違う意味で口にしていた。
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