20 正体

「ミーヤ様……」

「ごめんなさい」


 困ったような顔のアーダに、ミーヤはただそう言って頭を下げる。


 侍女は嘘をつくことを禁じられている。そのことはもちろんアーダも理解している。

 

「ミーヤ様、分かりました、頭を上げてください」

「ごめんなさい」


 アーダの言葉にミーヤはただその言葉を繰り返すだけだ。


 思えば八年前、マユリアやキリエも同じような気持ちだったのだろう。


「きっとあの時もみなさん、こういう感じだったんだろうなあ」


 ミーヤと同じことをダルも感じたのだろう。


「言えないことがいっぱいあるんだ、でも言えることもあると思う。この中で当時のことを知っているのは俺とミーヤだけだろ? でもミーヤは侍女で、言えないこともたくさんあるから、だから、俺が知ってて言えることはできるだけ2人に伝えるよ。それでいいかな」


 ダルの精一杯の誠意だ。


「まず、アーダさんが言った通り、エリス様は男性だよ」

「ダル隊長はエリス様をご存知なのですか?」

「うん、ごめんね、知ってる。俺だけじゃなくてリルも知ってる。あちらも俺とリルのことをよく知ってる」

「そうなのですね」

「うん」

「すまない、俺も知ってる」


 ディレンもハリオの方を向いて言う。


「俺はずっと以前に会ったことがあってな、それで船に乗る時にその人じゃないかとは思っていたが、ずっと女だと思ってた。船の上で初めて男だと知って驚いた」

「以前にって、そんな前から知ってたんですか?」

「ああ」


 ハリオの質問にディレンが答える。


「何年前かは今ちょっと言えないんだが、あいつが、トーヤが一緒にいるところに会ってな、その時はチラッと見ただけだったんだが、ああやって素性を隠してるのを見て、おそらくその人だろうなと思ってた」

「そうだったんですか」

「けどな、なかなかそれを認めやがらなかったんだよ、トーヤのやつが。それでちょっとばかり話がこじれてな、もうちょっとでアランに殺されるところだった」

「ええっ!」


 ディレンがふざけたように言う内容にハリオが声を上げ、アーダも思わず息を飲む。


「まあ、その時にエリス様が自分から正体を明かしてくれたもんで、そんで事なきを得て、こいつらに協力することにしたんだ」

「あの」


 アーダがディレンに話しかける。


「トーヤ様とベル、それからエリス様と一緒にまだ何名かいらっしゃいましたよね、その方たちのこともご存知なのでしょうか?」

「ああ、あの人たちのことは俺は知らんな」

「俺も知らないです」

「えっと……」


 ダルがどう言ったものかと少し考えていると、


「私はよく知る方たちです」


 とミーヤが言い、


「でもどこの方か、それは言ってもいいのかどうかまだ分かりません。ですからこれ以上のことは言えません」


 と、続けた。


「ダルさんも知ってる方たちなんですか?」

「うん、ああ、まあ一応」


 ハリオの質問にダルがちょっと歯切れ悪くそう言うが、ハリオもアーダもそれはミーヤと同じ理由であろうと思ってくれたようだった。


「ミーヤさんがご存知、ということは、この国の人、ということになりますよね」

「はい」

 

 続けてミーヤがそう答えた。


「じゃあ、トーヤさんたちが今どこにいるか、ミーヤさんやダルさんはもう分かってるってことですか?」

「はい」

「よかった」


 ハリオがほおっと息をついたので、ミーヤもダルも少し驚いた。


「いや、俺も船の中からずっと一緒させてもらってた方たちですからね、どこにいるか分かってるなら、そんでいいです。元気でいるなら。ホッとしました」

「あの、私もです」


 アーダも続ける


「あの方たちは今は安心なところにいる、そう思っていいのですよね?」

「うん、それは保証するよ」


 ダルがにこやかに答え、アーダが心底からホッとした顔になった。


「ベルとはお友達になったと思っています。きっと、ずっと私を騙していると思って心苦しく思っていたのでしょうね」


 アーダが目を閉じ、胸の前で手を組んで柔らかな表情になった。


「あの、それは本当にすみませんでした」


 アランがそう言って申し訳なさそうに頭を下げた。


「それは、本当に言ってました。自分がアーダさんを騙していることがつらい、利用しているのがつらいって。それ、分かってくれて俺はうれしいです」

「そんなこと、ベルだって決して私を苦しめよう、そう思ってやったことではないでしょうに……」


 アランはアーダの気遣いがうれしかった。


「あの、うれしいです」


 素直にその気持ちを告げる。


「あいつ、俺たちと一緒にずっと戦場暮らししてたもんで、そんで、友達っていなくて、だから、アーダさんと親しくなれたこと、本当に喜んでました。そんで、それだけにもうつらくてたまらない、そう言ったらトーヤがあいつに言ったんです」


 アーダが黙ってアランの言葉を聞く。


「トーヤがベルに、素性を嘘ついてるなら全部嘘か、おまえがアーダさんと仲良くなりたいって気持ちまで嘘じゃないだろう、だったら本気で仲良くすりゃいいじゃねえか、そう言ったもんで、あいつ、やっと気持ちを落ち着かせてアーダさんと色々話せてたんです。本当にすみません、嘘ついてて。だけど、あいつの気持ちだけはどうか分かってやってください」


 そう言ってアランはもう一度アーダに頭を下げた。

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