10 立ち尽くす
「確かにトーヤがミーヤを連れて行こうとしたことは事実です」
「はい、その通りです」
マユリアの言葉に神官長が安心したような声になる。
「ですから、この者が中の国御一行と関わりがあった、そのことも事実です。そのために、あえて宮に残すためにそのような芝居をした可能性もございます。そのために侍女アーダの意識をわざと残しておいた、そうも考えられませんか?」
「神官長の申すこと」
マユリアが表情を浮かべずそう言う。
「確かに、そのようなことがない、とも言い切れません。残念ですが……」
「ありがとうございます」
神官長が急いで膝をついて正式の礼をする。
「間違えないでください」
マユリアが顔を上げ、部屋のみんなを見渡して言う。
「わたくしは、セルマも、ミーヤも、どちらもそんなことをしていたと思いたくはない、いえ、思えません。どちらもこの宮の侍女として、シャンタルに、女神にその身を捧げると誓った者、その侍女たる者が、そのように誤った道を選ぶなどとは」
誰も身じろぎもせずマユリアの言葉に耳を傾ける。
「ですが、残念ながら、何者かがキリエに対して害をなそうとした、それは事実です。そのようなことをした者を探し出し、何故そのようなことをしたのか問い質さねばなりません。そのためには、たとえ信じていたとしても、少しでも疑いのある状態をそのままにしておくことはできません。真実を知るためにも、やらねばならぬことがあります。ルギ」
「はい」
「二人の潔白が証明できるまで、懲罰房に」
マユリアは言い終わると悲しげに目を伏せた。
その美しい睫毛の影がより一層悲しみを縁取る。
「はい。おい」
ルギが部下たちに命じる。
「取締役セルマと侍女ミーヤを懲罰房へ」
「は!」
衛士たちが二人に近寄ってくる。
「ミーヤ!」
リルがかばうように衛士たちに背を向けミーヤを見る。
「きっと、きっとミーヤの無実を証明するから、だから、それまで待っていて!」
「リル……」
「お、俺も!」
ダルも一歩進み出る。
「ミーヤがそんなことする人間じゃないってよく知ってる! だから待っててくれ!」
「ダルも、ありがとう」
ミーヤはしっかりと頷いてみせた。
「私は大丈夫です。だから、リルは体のことを一番に、ダルはお勤めのことを大事に」
二人にはよく分かっている。トーヤのことも、エリス様やその仲間たちのことも、何をしようとしているかも。
だが、今ここでそれを言うわけにはいかない。自分たちにできるのは、今言った通り、一日でも早くミーヤが解放されるようにすることだけだ。
「マユリア、この二名も怪しいのではないですか?」
衛士に両側に並ばれながら、セルマが楽しそうにそう言う。
「きっとこの二名も仲間に違いありま――」
「セルマ!」
マユリアが、あのマユリアが声を大きくしてセルマの言葉を遮った。
「もうそれ以上何も言わずにいてください。わたくしは、おまえの口からそのような言葉が出ることもつらいのです」
目をつぶり、ゆっくりと大きく首を振る。
「お願いです」
「マユリア……」
セルマがさすがに口を閉ざす。
「連れて行け」
「は!」
ルギの言葉で衛士たちがミーヤとセルマを連れて謁見の間を出ていった。
誰も何も言わず、黙ってその後ろ姿を見送った。
「そうして今、ミーヤはセルマと共に懲罰房に入っています」
トーヤは一言も発することなくキリエの言葉を聞き終えた。
キリエも何も言わずじっとトーヤを見たまま立っている。
思ってもみない事態であった。
「ダルは」
トーヤはかすれた声で絞り出すように言葉を口にした。
「ダルと、リルはどうなった」
最後の神官長の言葉も気になる。
「二人共今は宮におりません」
「どうなったんだ」
「ダルは、エリス様ご一行の行方を一日も早く突き止めるため、月虹隊を率いてしばらくはリュセルスでの捜索を続けるように、と。見つかるまでは日々の報告も不要、そう言われてしばらくは宮へ来ることはできません」
「リルは」
「リルは、もう
元々ここ、シャンタル宮の敷地内で出産が許されるのは親御様、次代様の母親だけである。そして出産は血を伴う為にある意味最悪の穢れともみなされる。リルが早産にでもなれば大問題だ。今までキリエが禁を犯してまでリルの滞在を許していたのは、トーヤたちの手助けのためであった。
「そうか」
「昨夜のうちに関係者と思われるアルロス号の船長ディレン殿、ルークの身代わりを務めた船員のハリオ、エリス様を私に引き合わせたオーサ商会のアロ殿なども宮に呼ばれています。リルはアロ殿が乗ってきた馬車で実家に帰りました」
「そうか」
「アロ殿は、事情を聞かれるだけではなく、あの例の花瓶と同じ塗料を使ったと思われる花瓶を持参してこられて、その実験のためにも残られました」
「そうか」
トーヤはそうとだけ答えると、何も言えずに立ち尽くす。
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