13 懲罰房
ピシャン……ピシャン……
どこか遠くで微かに水が垂れる音が聞こえる。
どこかで水が漏れているのかも知れない。
シャンタル宮の地下の最奥にある懲罰房、そこには3つの房がある。
今、一番奥の房にはミーヤ、そして一番手前の房にはセルマが入っていた。
いつ頃作られた房かは分からないが、罪人を入れる監房ではなく、あくまで侍女の反省を促すための房であるところから、扉に鍵がかかる以外は普通の小さな部屋のような造りになっている。
房内には身を拘束する
それでもすでに季節は冬、地下の最奥にあり、かろうじて置かれている火桶以外に暖を取る物もなく、部屋は底冷えをしている。ミーヤは与えられたあまり厚くはない夜着をしっかりと身に巻き付け、なんとか自分の体温で自分を温めようと身を
そうして自分で自分の肩を抱きながら、八年前の出来事を思い出していた。
あの時、マユリアは自らをここに隔離し、当時のシャンタル、「黒のシャンタル」に自分を取り戻させるため、その五感から己を切り離し、厳しく拒絶していたのだと後から聞いた。
「キリエ様に、あまり近寄らないようにとのご要望なので、できるだけおっしゃる通りと言われていたのだけれど、やっぱり心配でこっそりと覗きに行っていたの。マユリアはまるで生きてはいらっしゃらないかのように、息すら殺していらっしゃるようだった。なんと厳しく御自分を律することのできる方なのだと思ったわ」
リルはそのように言っていた。
こんな空間でただ一人、そんな状態で何日も耐えていらっしゃったとは、なんという方だろうとミーヤも返す言葉が浮かばなかったのを覚えている。
自分はマユリアのように厳しくある必要はない。ただ、色々と考えなければならないことはある。
「また聞きたいことがある時には呼び出しがある。それぞれ自分の考えをまとめておいてもらいたい」
ルギがそう言ってセルマとミーヤをここに入れた。
懲罰房の各房の扉と、さらに廊下に面した房全体出入り口の二重に鍵がかけられており、廊下には交代で衛士が番をするとも聞いた。
面会は禁止、私物も衛士預かりで何も持たずにここに入れられた。
(本当に考える以外にできることは何もないのだわ)
ミーヤはより一層しっかりと自分の肩を抱きながら夜着を密着させる。
何か考えようと思っても、今は寒さしか感じられない。早く体が温まればいいとしか考えられない。
(だけど、あの時は今よりもっと寒い季節だったはず。そこでご自分を殺してシャンタルを突き放されたマユリアを思えば、このぐらいの寒さで弱音を吐くなんてありえないのだわ)
そう思いながらひたすら寒さに耐えていた。
ピシャン……ピシャン……
どこか遠くで微かに水が垂れる音を聞きながら、ミーヤは自分の中に次から次に湧き上がる考えに意識を集中しようとしていた。
同じ懲罰房の中、一つ開けて入り口に近い房にいるセルマは、寒さも感じないように身じろぎもせず、じっとミーヤの房の方を見つめていた。
新米侍女の世話役をやっていたミーヤとたまたま話をする機会を得て、そして八年前の「あのミーヤ」だと気がついた。そして当時の「あの噂」を利用してミーヤこそが「エリス様」たちの協力者、共にキリエ殿に害をなそうとした者であるかのように話を持って行くことに成功した。
(あの者がキリエ殿を害した犯人でも協力者でもないことはこのわたくしが一番よく知っている)
それはそうだろう、セルマこそが実際に手を下した本人なのだから。
セルマは自分がやっていることを考えると息苦しくなった。
元来セルマは誰よりも不正や悪を憎む者である。ほんの少しの間違いですら許せない、そういう人間である。
だが、正義のためならその苦しみを乗り越えることができると選ばれたからこその苦しみなのだと自分に言い聞かせ、ゆっくりと息を整える。
(何があろうとどれほど苦しかろうと、どうにかしてあの者たちがその犯人であると話を持っていかなくては。そうしてこの宮での力を手に入れなくてはならない。世界のために)
セルマはあくまで自分が権力者になりたいがために今の道を進んでいるのではない、とあらためて自分に言い聞かせる。
(キリエ殿やもうすぐ人に戻られるマユリア、そして何より)
セルマは忌々しそうに顔を歪めた。
(あのラーラ様。元シャンタルで元マユリアでありながら宮に残り、侍女という名のシャンタルの保護者となったあのラーラ様の思うようにはさせない。そのためにならわたくしはなんでもやる、そう決めたのだから)
ピシャン……ピシャン……
どこか遠くで微かに水が垂れる音が聞こえる。
どこかで水が漏れているのかも知れない。
ピシャン……ピシャン……
耐えることなくその音だけが聞こえる懲罰房の中で、2人の侍女が各々の考えに身を預けながら寒さに耐えていた。
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