2 旅の兄弟

「なあ兄貴」

「うん、なんだい弟?」

「ちゃんと行けるのか?」

「多分大丈夫」

「行ったことねえんだろ?」

「ないね」

「ほんとに大丈夫なのかよ〜」


 二人連れの兄弟らしき弟の方がそう言って、ふうっと息を吐いた。


 兄らしい方がそれを見て笑う。


 兄の方は上は生成りのシャツの上に裾の長い簡単なジャケット。ジャケットからは軽めの皮鎧を身に付けているのがちらりと見えた。下は皮ズボンに膝当て。腰には細身の剣を吊るしているようだ。

 防寒のためか首元には暗めの赤いマフラーを巻いていて、口元から顔半分までが隠れるような形になっている。その上からやはり生成りのマントを羽織り、マントから黒い前髪がちらりとのぞく。両手には皮の手袋を履いていて、今の季節には誰もが普通にしているぐらいの寒さ対策万全の服装だ。

 しゃんと伸ばした姿勢の良さから、おそらく剣士ではなかろうが、身を守る程度には剣が使えそうな、そんな風に見えた。


 弟の方は黒い短めの髪の上に編んだような帽子。服装は兄とあまり変わらないが、腰に吊るしているのは短刀らしい。首には赤ではなく、濃い茶色のマフラーを巻いていて、こちらも同じように口元を完全に覆っている。マントは頭までかぶらず、首元から後ろにフードが垂れていて、後ろでぐるっとくくったマフラーの端が重なるように垂れている。


 二人ともそれぞれ肩から紐で吊るす袋を担ぎ、行き先を探すようにあちらこちらを見ながら、それでも道に迷ったというわけではないのか、気楽そうな感じで歩いている。


 兄の方はシャンタル、弟の方はベルの変装だ。洞窟の中にあった袋に、それぞれ一式の用意が入っていた。

 こうして連れ立って歩いていると、誰もあのしゃなりしゃなりとした中の国の貴婦人とその侍女とは思わないだろう。


 この国の人間とはどうしても違う瞳の色は、シャンタルは黒髪のかつらの前髪で肌の色と共に隠し、マントで影も作ってある。ベルの濃茶はやはり黒髪のかつらと帽子の影でそれほどには目立たない。

 地方から王都に用事か物見遊山に来た兄弟、という風に仕上がっていた。


 二人は兄の探す場所をあっちこっちと見ながら、ざわついているリュセルスの街を歩いていた。


「なあなあ兄貴」

「なんだい弟?」

「街がえらいことざわついてんな、どうしたんだろ?」

「なんだろうねえ」


 街のあちこちに人だかりができ、場所によっては小競り合いや言い争いなども起きているようだ。


「リュセルスって静かな落ち着いた街って気がしてたんだけどな、何かあったのかな」

「どうかなあ」


 二人は洞窟を通ってトーヤがダルに教えてもらった最初の出入り口まで来たので、その後で「封鎖の鐘」が鳴ったことを知らなかった。


「ちょっとおれ、聞いてくるよ」


 弟の方が、比較的落ち着いた一角にいる人に声をかけた。


「なあなあ、おじさん。なんか、えらいこと落ち着いてねえんだけどどうしたんだ?」

「なんだ、あんたどっから来たんだ、そんなのんきなこと言ってる場合じゃない、封鎖だよ封鎖」

「え、封鎖って?」

「もうすぐ次代様がお生まれになるからな、それでリュセルスに穢れが入らないように封鎖になったんだ」

「え、いつ?」

「今日だよ、ついさっきだよ」

「ええっ!」


 弟が話を聞いて急いで兄の元に戻って説明する。


「へえ、いつだろうね、全然気がつかなかった」

「うん」

「まあ、なってしまったものはしょうがないよ。とりあえず行こう」

「相変わらずのんきだよなあ」


 そう言いながらも弟もそう慌てる風もなく、二人でまた場所を探して歩く。


「こっちだと思う」

「ほんとかよ〜さっきからそう言って何回も行ったり来たりしてんじゃん」

「まあ行ったことない場所だからね」


 兄がそう言ってクスッと笑った。


「その場所に行けるってのがまあ不思議っちゃあ不思議だが、行けるんだろな今までの経験からすると」

「そういうこと」


 そうして「こっちの方角らしい」という方向へ、道をあっちこっちと進んでやっとそれらしき場所に着くことができたらしい。


「ここじゃないかな」

「見たとこ普通の場所だよな」

「うん、普通の家とは違うけど、何か作業場か何かかな」

「まあ声かけてみっか、ごめんくださ〜い」


 そうして弟が木の扉をガラガラと開けて声をかけた。


「はい」


 奥から男の声がして、中年から初老にかかろうかという年頃の男が一人出てきた。


「どなた?」

「えっと」


 弟がどう言ったものかと少し考える。


「えっと……あの、多分なんですが、ここに誰か来てないかと思うんですが」

 

 なんとも間の抜けた言い方になってしまったが、他にどう言えばいいというのか。


「来たか」


 男の後ろから、聞いたことのある声がした。


「あ」


 名前は呼ばず、弟がにらみながら指を指した先にいたのはトーヤであった。

 男の後ろにある階段を降りながら外の方を見ている。


「まあいいから上がれよ」

「上がれよじゃねえよ! 上がるけどよ!」

「だったら黙って上がれ」


 そう言って笑いながら階段の上へと上がる。


「入れってさ」

「そうみたいだね」

 

 そう言って旅の兄弟が扉を閉めて建物の中へ入ったが、弟は目の前のいる見知らぬ男を見て、そこで足を止めた。

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