10 互いの主
キリエは自分が今やるべきことを考えていた。
まずはルギに今のマユリアの状態を知らせること、それは間違いがない。だが、一体何をどう説明すればいいものか。まず自分自身がどういうことなのかが分からないのだから、説明のしようがない。
キリエは翌日の予定の中にルギの衣装合わせがあることを思い出し、その時に二人だけの時間を取ることに決めた。なんでもいい、とにかく話してみることだ。それしかない。
翌朝、担当の侍女にルギの衣装合わせが終わる頃に行くと伝えさせ、侍女にその時間に迎えにこさせた。
ルギは衣装室近くの控室にいた。衛士の中でも位が高い隊長級が衣装を合わせる時などにそこに来る。もっと位が低い衛士は同じような部屋が前の宮にあり、担当の侍女も奥宮とは違って前の宮の者の担当になる。
「ご苦労でした。少し警護隊長と話があるので二人にしてください」
キリエはそう言って侍女たちを全員下がらせた。
目の前のルギは白に金の刺繍を施された隊長級の第一正装をしている。
「立派ですね」
「ありがとうございます」
どちらも特に感情を含ませることがなく、見たままを評し、素直に礼を言う。
「二十年ですか。あの時の少年が、まさかこんなに立派な衛士になるとは、誰が思ったでしょうね」
あの日、洞窟を駆け抜けて聖なる森で迷ったルギが奥宮近くに姿を現してから、それだけの月日が経っていた。当時12歳だったルギは32歳になっている。
ルギはキリエの言葉には答えず、黙って一礼をしただけだった。キリエはそれを見て軽く笑った。
「あの時、あなたは当時のシャンタル、当代マユリアを自分の
ルギはキリエが思いもかけない話を始めたことに少し驚いたが、表情には出さず、その
キリエの目に、あの日の午後間近の時刻、謁見の間で当時八歳のシャンタルが一本の剣の前にじっと立ち、見つめておられた姿が浮かぶ。
その剣はその朝謁見に参ったある貴族が持参したものであったが、かぶせてあった布を取り去った時、その場にいた者がみな思わず息をもらすほどの美しさだった。
説明によるとアルディナの名工によって
柄には運命を表す銀色の車輪、運命の輪を
「聖なる剣、シャンタルをお守りするにこれほどふさわしい剣はありますまい」
献上した貴族が誇りで震えを帯びた声で
シャンタルがじっとその剣を見つめておられるそばにキリエは控えていた。いかに美しく聖なる輝きを持つといっても剣は剣、武器である。人を傷つけ、時に命を奪う道具。そのようなものにシャンタルが興味をお持ちになることに少しばかり不安を感じていた。
その時に衛士から報告が入った。
「聖なる森から妙な子どもがこちらに向かっておりましたので、捕らえてあります。衛士長がいかがいたしたものかとご指示をいただいてくるようにとのことです」
急ぎの用とのことでその場での発言を許したのだが、なぜそんなところからそんな子どもが。もしも本当ならば由々しきこと、退室を願い、すぐに衛士長のところにと思っていたところ、
「その子をここに、謁見の間に連れてくるように。それからキリエ、すぐにこの剣をこの部屋からどこか、そうですね、宝物庫にでも移動しておいてください。大切に扱うように」
と、シャンタルから直々に指示があった。
シャンタルの言葉は絶対。報告に来た衛士に衛士長にシャンタルの言葉を伝えるように命じ、担当でそばに控えていた侍女に剣を移動させた。
そこに連れてこられたのが何もかもを失ったルギであった。
「あの日、シャンタルが不審な子どもにお会いになるとおっしゃってどれほど驚いたことか。そしてそのままあなたを衛士見習いとして宮に置くとおっしゃったので、その時は驚くなんてものではありませんでした」
キリエの言葉にルギはまた黙ったまま軽く頭を下げた。
「私は5歳の時、行儀見習いとしてこの宮に入りました」
ルギはキリエの言葉に驚いて少し頭を上げる。今まで侍女頭が自分の個人的な話をしたことなど一度もないからだ。キリエはだが、何も気にせず話を続けた。
「そして13歳の時、誓いを立てて一生を宮で過ごすようにと定められ、今に至ります。その六十年ほどの日々を、ずっとただ一人の主にお仕えしてきたのです。あなたもこの二十年をあなたの主に仕えてきた。あなたも私も、ただ一人と定めた互いの主に」
ルギはキリエの言葉を戸惑いながら聞いていた。まるでこれでは互いの主が別の
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