4 取捨選択

「すまん!」


 いきなりトーヤはそう言ってみなに頭を下げた。


「最初に謝っておく」


 そう言われても一体何を謝っているのか分からない。


「えっと、何あやまってんだ?」


 やはり一番にそう言ったのはベルだった。


「言っただろうが、やるべきことが分かったって」

「うん、言ってたけど、それってシャンタルの言うとおりってことは、シャンタルが死なないようにするってこと、でいいんだよな?」

「そうだ、合ってる」

「う、うん、いいんだよな? だったら余計わかんねえよ、なんでそんなにあやまってんのかさ」


 トーヤは戸惑うベルに優しく笑いかけ、右手を頭の上にぽんと置いた。


「やるべきこと、それはシャンタルが死なないようにすることだ。それははっきりした。だから、俺はシャンタルを生き残らせることを第一に考えてそう行動する。そう決めたってことだ」

「そういうことか……」


 アランが師匠であるトーヤの意思を汲んだようで、ぐっと息を飲むようにそう言った。


「兄貴まで。どういうことなんだよ」

「あのな」


 アランはまだベルの頭に手を置いたままのトーヤに視線を向ける。トーヤは何も言わずアランの視線を見つめ返すだけだ。アランはそれを承諾しょうだくあかしと受け取った。


「トーヤはシャンタルを守ることに、生き残らせることに力を全振ぜんふりするって言ってんだ。だからな」


 アランはそれでも、もう一度そこで言葉を止めてまたトーヤをうかがう。今度はトーヤが軽くうなずいた。


「つまり、シャンタルがヤバくなったら、その時は他の誰のことでも犠牲にする、そう決めたってことだ」

「ええっ!」


 ベルが頭に乗せられた手を振り切るように顔を上げ、トーヤを見た。


「うそだよな?」

「いや、アランが言う通りだ」


 トーヤは笑顔を浮かべたまま、それでもきっぱりとベルにそう答える。


「誰のことでもって、本気で誰でも?」

「ああ」

「おれでも?」

「ああ」

「兄貴でも?」

「ああ」


 それはあの嵐の海の上で、そして「マユリアの海」の沖からようやくたどり着いた洞窟の中で、やはりトーヤが口にした言葉だった。


「ミーヤさんでも?」


 ベルはトーヤにそれは嘘だと言ってもらいたさで、あの時と同じくその人の名前を口にした。


「ああ」


 トーヤは今度は躊躇ちゅうちょせず、すぐにそう答えた。


 ベルは心の底では今回はそう言うのではないだろうかと思っていたが、それでも、この人の名前を出せば嘘だと言ってくれるのではないか、そんなかすかな希望を込めてそう言ったのだ。だが、そうはならなかった。

 トーヤはそれだけ覚悟を決めているということなのだ。もうベルに言えることは何もない。


「あのな」


 トーヤはベルのそんな心に語りかけるように、ゆっくりと口にする。


「もしも、俺が誰かを助けるために、一瞬遅れてシャンタルを救えなかったとする。そうしたらどうなる? そいつは助かっても結局この世界は救われない。マユリアの思った通りになるんだ。もしも、おまえがその誰かだったら、一体どう思う?」

「いやだ……」

 

 ベルは小さくそう答えた。自分のために世界が「女王マユリア」の物になってしまう。それだけはあってはならない。そう分かっている。


「そうだろ? 他のみんなが助かったとしても、シャンタルが助からなかったら結局は助からなかったと同じなんだ。だからな、俺は、シャンタルを助けるために必要なら、その誰かのことは助けない。見捨てる」

「うそだろ? トーヤのことじゃん、なにか他に手があるんだろ?」


 ベルがそう言うとトーヤは楽しそうに声をあげて笑った。


「おまえな、どんだけ俺のこと信用してんだよ。ああ、もちろんそうならないようにがんばるさ。俺だってここにいるみんなだけじゃなく、もっと色んな人間にどうにもなってもらいたくないと思ってる。だがな」


 最後の一言を口にすると、トーヤは笑顔を引っ込め、きびしい目つきでベルを見て続けた。


「もしもそうなったら、その時はそうする。だからベルだけじゃなく、みんなにもそう覚悟しておいてほしい。それと同時に、みんなもシャンタルを守ってやってくれ。その時に俺が足手まといだったら遠慮なく切り捨ててくれていいから。というか、そうしてほしい」


 トーヤの言葉に、それまで黙ってトーヤとベルの会話を聞いていたみなは息を飲んだ。


 そうか、そういうことなのか。トーヤが自分たちを切り捨てるだけではなく、トーヤを自分たちが切り捨てる道も選ばなければいけないのだ。その事実をやっと理解した気がする。そして自分たちもシャンタルを守らなければいけない。

 どことなく受け身の部分、「助け手たすけで」であるトーヤを主体として、自分たちは手伝いの立場のように思っていたが、そうではない。自分たち一人一人が今度のことを止める主体であり、戦士なのだと理解せざるを得ない。


「前もそうだったんだよな」

 

 ダルがまず、ぼそっとそう言った。


「八年前、やっぱり同じように思ったことがあったって思い出した。月虹兵なんてのに選ばれて、それでも主役はトーヤで、俺は脇役だって思ってたけど、俺も主役、俺も中心で動かなきゃいけないんだって。一度そう思ったはずなのに、またすっかり忘れてたよ」

「さすがダルだ」


 親友の言葉にトーヤがニヤリと笑ってみせた。

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