19 儀式の一環

 本来なら、ここが一番大騒ぎしていなければならないだろう宮の中は、キリエがしっかりと仕切っているために表面的には静かであったが、対照的に上を下への大騒ぎになっているのが王宮だ。


「マユリアが婚礼を受け入れた。交代の後、気持ちよく王宮に入れるように準備を整えよ!」


 国王は上機嫌で家臣たちに命を下す。


 実際には、マユリアが国王の元に輿入れするのではない、国王にはそれも分かっている。だが、一度婚儀を執り行なえば、マユリアの実の両親も娘が国王の后になることに反対はするまい。もう既成事実ができるのだとしか考えられない。


「御婚儀の内容に付きましては、あまり日がありませんので質素にとなりますが」

「それで構わない、なあに、本当の婚儀の時に盛大にやればそれでかまわぬ」


 国王は満面の笑みで神官長にそう伝える。


「それで、交代の日はいつか決まったのか」

「それはこれから正殿にてお伺いを立て、正式に決めようと思っております。何しろマユリアからのお返事をいただかぬことには、話を進めることもできませんでしたので」

「うむ」


 国王は心ここにあらず、今なら何を言ってもなんでも願いを聞いてくれそうだ。


「それでお願いがございます」

「なんだ」

「御婚儀の折、私が祝福をさせていただくことになると思うのですが、その時に、どうしても一度マユリアのお手を取らねばなりません」

「なぜだ」

「婚儀の時、これから結ばれるお二人の手を神官が取り、重ねるのです。ですから、そのお許しをいただかねば」


 これを聞き、国王が少し嫌な顔をする。


 シャンタルにもマユリアにも、よほどのことがなければ異性が触れることは許されない。つまり、マユリアに一番に手を触れるのが自分ではなく神官長になるということだ。


「私は神官、神に、神殿に生涯を、全てを捧げる身でございます。ですから、性別などなきものとお思いくださればよいのですが」

「…………」

 

 国王は少し考え込む。


 できればその前に自分が一瞬でもいい、マユリアに触れておきたい。だが、それは叶わぬことだ。マユリアに触れることができるのは、マユリアが人に戻ってから。だが、儀式の中で必要であればその女神に触れても構わないだろう。そうは思っていたが、その前にそのようなことがあるとは思っても見なかった。自分が皇后と結婚する時、確かに神官長からその手を渡された。儀式の一環だ。どうしても必要なことだ。


 国王は苦悩する。

 そして思い出したことがある。


「いや、待て」


 婚儀の際、花嫁の引き渡しがある。花嫁の父が夫となる男の前まで花嫁の手を引き、連れてくる。これまでの父親の庇護から、夫にその役目を引き継ぐためだ。父親がいない花嫁の場合、誰か親族の男性がその役目を引き受けることが多い。


「花嫁の引き渡しはどうするのだ」

「ああ」


 神官長がとぼけたように、思い出したように軽く答えたことに、国王は不愉快な顔になった。


「今回は引き渡しはございません」

「なんだと」

「女神の父はおらぬからです。マユリアは女神シャンタルの慈悲からお生まれになった神なのです」

「ふうむ……」


 そこを省けるのなら、神官長が手を取る必要もないのではないのか、そう考えていると神官長がその心を読んだように答える。


「婚儀は神の御前で神聖な誓いを立てること、その誓いのために神官が聖なる二人を結びつける。これは絶対に必要な手順です。もしも、それを無用となさるなら、一体誰がお二人を夫婦であると認めるのです」

「…………」

「国王陛下が自らお認めになられるのですか? もしも人同士の婚儀であれば、最も尊い人である陛下がお認めになられることでそれも叶いましょうが、お相手は神なのです」


 国王はまだ少し考えていたが、ようやく決心がついたようだ。


「分かった。ただし、きちんと新しい手袋をし、決してマユリアに失礼のないように」


 取り繕うようにそう言うが、直接は絶対に触れさせたくはない、そんな気持ちがにじみ出る。


「もちろんでございます」


 神官長は丁寧に頭を下げた。


「それからもう一つお願いが」

「なんだ、まだあるのか?」

 

 明らかに先ほどよりは不機嫌だが、なんとかそれを外には出さないように努力をしている、そんな声でそう言う。


「婚姻の儀におきまして、守護を起きたいのですが」

「守護?」

「はい」

「なんだそれは」

「はい。何しろ神が人の座に歩み寄り、国王陛下と並ばれ、共に人の頂に立たれる儀式です」

「うむ」


 神官長のその言葉に、国王はまた少し機嫌を取り戻したようだ。


「その聖なる儀式に魔を近寄らせるわけにはいきません」

「それはそうだな」

「そのために守護を、儀式を守る者を起きたいのです」

「分かった。それで、その守護というのはどんな者だ」

「はい」


 神官長はまた丁寧に頭を下げて上げる。


「剣を持ち、お二人を守護する剣士でございます」

「剣士?」

「はい。この国で一番の剣士、そしてマユリアより聖なる剣を賜ったシャンタル宮警護隊隊長のルギ殿こそふさわしいと存じますが、いかがでしょう」


 国王の顔が無表情になった。

 

 前国王も現国王も、どちらもルギに対してはそれなりに思うところがある。 

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