12 船の旅の話

 挨拶を終えた小さなシャンタルが、ほっとしたように肩から力を抜くのを見て、ラーラ様が涙ぐみ、


「本当にご立派になられて……」


 と小さくつぶやく。


 マユリアは何も言わず、シャンタルとラーラ様にやさしい瞳を向け、にっこりと笑った。


 そうしてお茶会は和やかなうちに始まり、少人数なだけに、語り手のディレンとアランがじっくりとシャンタルに向けて語るという形になった。


「そうなの、船の旅って楽しそうだけど、本当に大変なのね」


 二人からこちらへ来るまでの海の上での話を聞き、シャンタルが感心する。


「10日以上もお風呂に入れないって、一体どんなのだと思いますか、ラーラ様」

「ええ、本当に想像もできないですね」

「それも途中にリル島に寄港できるようになったのでその程度ですが、その前は一月ひとつきは我慢の旅でしたよ」

「ええっ、そんなに!」

「ですが、当時はもっと南の航路を通っていましたから、途中でスコールという大雨が降るんです。その雨を頭からかぶってお風呂の代わりにしていました」

「雨をお風呂に!」

「お風呂だけではなく、降った雨を樽に受けて、残りの旅の飲水や他の用立てにもしましたし」

「雨を飲水に!」


 ディレンの言葉にシャンタルがくるくると目を丸く開けるだけ見開く。


「ラーラ様、わたくしは船の旅はとてもできそうにないわ……」


 思い切りため息をついてそう言う姿に、大人たちが柔らかく笑う。


「でもエリス様とベルもそうしてこちらに来られたのでしょう? おつらくはなかったのかしら」

「ああ、お二人にはできるだけお湯と石鹸で体を清めていただくように配慮はさせていただきました」

「それはよかったわ」

「ですから、シャンタルが旅をなさる時にももちろん、そうさせてはいただきますよ」

「そうなの? だったらなんとか我慢できるかしら」


 真剣に首を傾げて考える姿もなんとも愛らしい。


「それで、シャンタルは船に乗ってどこに行ってみたいんですか?」

「え?」


 アランが楽しそうに笑いながらそう質問した。


「そう、そうなんですね、船の旅をするということは、どこかに行くということなのですよね」

 

 その可愛らしい言い方に、また大人たちが微笑む。


「ええ、そうなのです、どこか行きたい場所はありますか? 私が船をそちらに向かわせますよ」


 ディレンも柔らかく笑いながらそう言う。


「行きたいところ……」


 シャンタルは少し考えていたが、


「アランが生まれたところに行きたいわ」

「え?」


 思いもかけない場所を答えた。


「えっと、なんで俺の?」

「きっと、アランのように金色の髪をした方がもっとたくさんいるのではないかしら」

「えっ、そういう理由?」


 二人の会話にラーラ様がもう我慢ができないという風にシャンタルを引き寄せ、


「ああシャンタル、なんと可愛らしいことをおっしゃるのでしょう」


 そう言って笑う。


「ありがとうございます。でも俺の髪は、これは金色ではないんですよ」


 申し訳無さそうにアランがそう言う。


「ええっ! だって、そんなにきれいにキラキラと輝く金色なのに」

「いや、かなり色が薄くて金色には近いですが、茶色です」

「茶色というのはベルのような色を言うのではないの?」

「ああ、あいつのも茶色ですがもっと濃い茶色ですね。それからディレン船長の髪ももっと深いですが、とりあえず茶色だと思います」

「おいおい、とりあえずってなんだ」

「まあ、知らなかったわ。茶色というのはベルのような髪の色で、船長はわたくしたちと同じ色だとばかり」

「いえ、茶色なんですよ、まあとりあえず」

「とりあえず茶色、なのですね」


 ディレンの返答にシャンタルもそう言って楽しそうに笑った。


「茶色にも色々あるんですね」

「そうですね、同じ家族でも俺とベルで違うぐらいですし」


 アランが笑いながらそう答える。


「他のご家族はやっぱり茶色だったの?」

「そうですね。母親はベルと同じような茶色でした。父親は俺と近いかな。それから、兄もやっぱりベルと同じような濃い茶色でした」

「お兄様もいらっしゃっるんですね。ご家族は今はどうなさってるんですか?」

「ああ、亡くなりました」

「え……」


 アランの言葉にシャンタルが驚く。


「戦でみんな亡くなったんですよ。俺とベルはエリス様たちに助けられてこうして元気でいますが」

「そうだったんですね……ごめんなさい」

「いえ、もう何年も前のことですから」


 楽しそうだったシャンタルがしゅんと小さくなってしまった。


「ですからまあ、俺の生まれた村に行っても何もないですよ。それよりはどこがいいかなあ……そうだ、とりあえずリル島はどうですか? これから発展する島で活気がありましたよ」

「そうなんですか?」

「ええ。アルディナとシャンタリオの両方の物が混じったような島なので、きっと楽しいと思います」

「そうなんですか!」


 シャンタルの瞳が輝きを取り戻した。


「ラーラ様、リル島でしたら行けそうに思います」

「15日もなかなか厳しいと思いますけど……」

「でも、船長がお湯と石鹸を用意してくださるそうですよ! だったらきっと平気です。ね、行きましょう?」

「まあ、シャンタル」

 

 小さな主はディレンとアランから聞く船の旅の話に、すっかり夢中になってしまっていた。

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