11 小さくて大きな勇気

「へ? 俺がですか?」


 思わずアランがすっぽ抜けたような返事をする。


 アランが逮捕された翌日の昼、シャンタル宮警護隊隊長ルギと侍女頭キリエが共に部屋を訪れ、


「シャンタルからのお茶会のご招待」


 を受けたからだ。


「そうです。お受けになりますか?」


 侍女頭が表情を変えぬまま答えを待つ。


「えっと……」


 いいのか?

 仮にも自分は今、逮捕されて身柄を拘束されている立場だ。指名手配され、取り調べが必要とかでこの部屋に閉じ込められている。言ってみれば「悪いやつ」のはずだ。


 その自分が、この状況で、この国で一番えらい神様のお茶会にご招待?

 しかも同じく逮捕されているディレン船長とご一緒に、とのことだ。


(わけ、わっかんねえ!)


 思わず心の中で妹の口癖を叫ぶ。


「いかがなさいますか?」


 アランの様子など意にも介さないようにキリエが重ねて聞く。


(どうするって、断れる雰囲気じゃないだろうが!)


 そうは口に出せず、眉をしかめて警護隊隊長と侍女頭をちらりちらりと交代に見てみる。


(これは受けるしかねえってことか)


 心の中でため息をつく。


 シャンタルのお茶会自体は嫌ではない。これまでにも3回ご招待を受け、毎回色々意義のある時間を過ごせていた。

 そして小さな当代にも好感を持てる。

 小さな体でずっと、神の身でありながら託宣ができないという、常の人なら大人でも押しつぶされる重圧に耐え続けていたあのいじらしさ。できるだけのことをやってやりたいと思うのは、大人としては当然のことだろう。


 だからまあ……


「あのぉ、俺でよければお受けしますが、そちらはそれでいいんですか?」

「ええ」

「けど、一応俺も船長も、容疑者ってかなんてか逮捕されてる身ですよ?」

「なので、そのことは口にせずにいてもらいたい」


 キリエに変わってルギが答える。

 なるほど、そのお目付け役に隊長が直々におでましかとアランも納得した。


「分かりました、そんじゃ何を言ってよく何を言ってはいけないのかだけ教えててもらえます? 後であれはだめだった、って言われても困りますからね」

「分かった」

「では、そのようにお話を進めさせていただきます」


 キリエが後を引き取る。


「本日、午後からお茶会の時間を設けますので、それまでに身を清め、届けた衣服に身をあらためておいてください」

「え、今日ですか?」

「はい」


 いくらなんでも昨日逮捕されて今日は神様のお茶会とは。


「何度も言いますが」


 アランが渋い顔で続ける。


「俺はいいんですよ? けど、そっちはそれで本当にいいんですか? この宮の規律だとか、なんかそういうのとか、色々難しいんじゃないんですか?」

「シャンタルのお望みです」


 キリエがぴしゃりと言う。


「何よりも優先されるべき要件です」

「はあ」


 そういえばこの国はそういう国だった、とあらためてアランが思う。

 何よりもシャンタルが第一、見た目は小さな少女だが、あれで唯一の神、絶対の尊い存在なのだったと思い出す。


「分かりました、そんじゃそういうことで」

「よろしくお願いいたします」


 キリエが丁寧に頭を下げ、アランも思わず引っ張られるように長身の背を折り曲げる。

 

 そうして、あっという間に準備が整えられ、あっという間にお茶会の時間になった。


 お茶会の場所は昨日来たばかりのマユリアの客室であった。

 

 昨日は昨日でここでなんだか分からない時間を過ごしたというのに、そのすぐ翌日に、今度はもういっちょ偉い神様にお呼ばれのお茶会とは。アランは自分が今一体どういう状況にいるのだと、いつもは冷静なその頭の中でやや混乱をしていた。


(トーヤはこんなもんじゃなかったんだろうなあ)


 嵐の海に巻き込まれ、次に目が覚めたらここだったのだ。話を聞いた時にもそりゃ混乱するだろうと思ったが、実際に自分が似たような立場になってみると、もっと実感を持って感じられ、なんとなくくらくらする。


 だがそれでも、招待されてそれを受けてこの部屋に来たからには、小さな女神がお望みの楽しい時間を過ごすしかない。


「よく来てくれましたね」


 お茶会の主催である小さなシャンタルがにこにことうれしそうに声をかけた。


 招待されたのは聞いていた通り、アランとディレン、それからお目付け役のルギと女神の付き添いのラーラ様とマユリアであった。少人数ということで、メンバーはメンバーながら、かなり砕けた雰囲気だ。


「ご招待ありがとうございます」


 年長者らしくディレンが丁寧にそう答えて礼をし、アランも後を追うように続いた。


「また外の国のお話を色々聞かせてくださいね」


 小さな女神が一生懸命にそこまで言うと、はあっと肩で息をして、ほっとした顔になる。


 これまでのお茶会では、一回目はマユリア主催、2回目と3回目はシャンタル主催ではあったが、参加人数もやや多く、なによりシャンタル自身が「母」と「姉」に頼る形であったため、口切りの挨拶はやはりマユリアがしていた。


「このたびのお客様はよくご存知のアラン殿とディレン殿のお二人です。ご自身でご挨拶なさってみてはいかがでしょうか」


 マユリアにそう言われ、少し考えてはみたものの、思い切ってやってみることにしたのだ。

 小さな女神が小さくて大きな勇気を出した瞬間であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る