11 隠蔽

 結局、それほどの捜索にも関わらず、前国王の姿も、逃げ出したであろう抜け道も見つけられなかった。


「一体どこに消えたのだ……」


 国王がイライラと椅子の肘掛けを指で叩きながらそう言った。


「交代までにどうやっても探し出さねば、何をするつもりなのか」


 おそらく父王は交代の後、マユリアを奪いに来るはずだ。それを考えると国王は居ても立っても居られなかった。


「お気持ち、お察しいたします」


 神官長は国王に深々と頭を下げる。


「どこか、そして誰かに心当たりはないのか」

「申し訳ございません……」

「一体どこの誰が、何の目的で父上を連れ出したのだ」

「それはおそらく、前国王派が自分たちの復権のために国王奪還を試みたのではないかと」

「そんなことは分かっている!」


 国王が苛立たしげに「ダンッ!」と足を踏み鳴らした。


「だが、父上を支持していた貴族共は、みな動きがない。もしもその者たちの仕業しわざなら、今頃もっと何かあるはずだ」

「はあ……」

「そして街の様子も探らせた。いつからか私が親不孝をしたから天がお怒りだ、なんとか父上を復権させろと息巻いている者がいるとのことだ」

「それは、少しばかり耳にしております」

「なぜそれをほおっておく」

「言うだけで何もせぬ者をどうできるでしょうか。もしもそのことで取り締まるなどいたしましたら、それこそ陛下の度量を狭いと言っているようなものではありませんか?」


 神官長の言う通りであった。


「いっそ、何か行動に移してくれると手の打ちようもあると言うものなのですが」


 神官長がため息をつきながら首を振って見せる。


「何か起こさせるか」

「は?」

「そのようなことを言っている民は私の民ではない。父上の民ならば父上と同じく大人しくどこぞに引っ込んでおけばよい。そのために必要ならば何かを起こさせればよいのだ」


 神官長が信じられないという表情で国王を見る。


「いかがなさいました? いや、これは国王様らしくないお言葉を。それほどにお父上の行方を気になさっておられるのですな」

「当然だろう……」


 国王が抑えた口調ながら、我慢の限界だという表情でそう言う。


「あの男はすでに父などではない。シャンタルの加護の元で国が平穏であったことに胡座あぐらをかき、己の花園の充実だけに力を注いだ恥ずべき愚か者だ。私は過去の王たち、先祖に対して顔向けができない。もっと厳しく拘束しておくべきだった」


 国王の目が冷たく光る。


「なまじ親子の情をかけた私の失敗だ。あのことで自省をし、残りの人生を大人しく過ごすならばそれで許そうと思っておったのにな。まさかこんなことを仕出かすとは。あの男がそこまでの痴れ者と見抜けなかった私の甘さゆえの失策だ。それを取り返すためならば、今からでも遅くないのならばなんでもやるつもりだ」

「陛下……」

「そのついでに不穏分子をあぶり出し、これからの私の治世ちせいに邪魔になる者たちを取り除くのだ」

「それは……」


 神官長がおどおどとした表情で国王の様子を伺う。


「心配することはない、シャンタリオは慈悲の女神シャンタルの国だ、きちんと自分の姿を顧みて反省をするならばもちろんすぐに許してやろう。それはかえってその者たちの為にもなるのではないか?」

「いえ、それはそうかも知れませんが」

「すぐに手を打て」


 国王は定まらない様子の神官長をうながすようにピシャリとそう言った。


「つまらぬ策略を封じ込めるため、つまり国のためだ、正義のためだ、すぐに動け」


 神官長は黙って頭を下げ、国王の部屋から下がっていった。


 神官長は王宮から神殿へと下がり、自分の私室へと戻った。

 しっかりと扉に鍵をかけ、何度か扉を引っ張って鍵を確認し、やっと扉から離れて部屋の奥へと進んだ。


 神官長が壁にかかるタペストリーの裏に手を入れ、何かを操作すると「カタン」と小さな音がした。

 そのままさらに何かを動かすと、タペストリーの一部が浮き上がり、一人が通れるぐらいの部分が取り外された。


「窮屈な場所でお疲れでしょう」


 神官長がそう声をかけ、その穴から手を貸して外に出したのは、


「国王陛下」


 神官長がうやうやしく頭を下げるその人は、冬の宮から姿を消した前国王その人であった。


 前国王はむっつりと不機嫌そうに手を引かれるまま、一段低くなったその場所から体を持ち上げ、部屋の中に上がった。そのまま歩き、神官長にうながされるままに黙ったままソファへと座った。


「ただいまお食事を持ってまいります。先に部屋に届けさせておりましたので、少し冷めておりますが」


 神官長はそう言って、執務机の上に置いてあった食事をソファの前のテーブルの上に置いた。


「その前にやることがある」

「はい」

「便所だ」

「これは失礼をいたしました」


 神官長はしばらくの間タペストリーの裏の隠し部屋にいた前国王を水場へと案内し、その後であらためて食事を勧めた。


 前国王は黙ったまま食事を食べ終えると、そのまま、黙ってソファに座ったまま神官長を見て、


「一体何を考えている」

 

 そう聞いた。


「私は、ただ、この国のために動いているだけでございます」

「息子に手を貸していたのではないのか」

 

 前国王のもっともな質問に、神官長はただ晴れやかに笑って見せた。

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