12 目的

「ええ、私はこの国のために動いております」


 神官長は微笑んだ顔のままもう一度そう言った。


 この部屋は神官長の私室である。以前、ベルとシャンタルが隠し通路を通って王宮へ連れていかれた応接室とは違う。しっかりと鍵をかけてしまえば、基本的には呼ばない限り、掃除や、食事を届けるなどの決まった用がない限り、誰もこの部屋へは入ってこない。


「ですからこそ国王陛下をお助けしたのでございます」


 それは確かなことであった。

 あの日、無表情な王宮侍女からパンに入った手紙を受け取った日から、前国王は静かに何かが起きるのを待っていた。そうしたら2日前の深夜、あの侍女が壁の一部を押し開けて室内に入ってきたのだ。




「お静かに、ここはさるところに通じる隠し通路です。ここから脱出なさってください」


 女は無表情でそう言うが、本当に付いて行っていいものか、前国王は当然のように躊躇ちゅうちょした。


「あまり時間がありません。これをご覧ください」


 女はそういうと首元から鎖を引っ張り、金色をしたペンダントを取り出した。


「この中には毒薬が入っております」


 聞いて前国王が息を飲む。


「あなた様がこの部屋から出ようと出まいと私はこれを飲んで自害いたします」

「なんのために!」

「今現在、国王と名乗っているあなた様の息子への当てつけのためです」


 女はそう言って気味悪く笑う。


「なんだと」

「私の弟は王宮衛士でした」


 女は感情を交えず、前にいるのが誰であってもそれがただの石でもあるような調子で語り始めた。


「元々出来の良い子ではありましたが、王宮に取立てられたことで、さほどではない家柄の我が一族のほまれと言われるようになりました。自慢の弟でした。それ以前に私も王宮侍女としてのお役目をいただいておりましたので、共に誇らしくお勤めに励んでおりました」

「おまえ、王宮侍女だったのか」

「はい」


 女の容姿はごく普通であった。もしも美しければ前国王の目に留まったかも知れないが、少なくとも記憶に残る者ではなかったようだ。


 女は前国王の内心など意に介さず、淡々と続ける。


「そのおかげか揃って良縁を持ち込まれ、ほぼ話が決まっておりました。前途は明るく輝いていると思ったものです。ですが、弟は突然、何の非もなく罷免ひめんされました。何度も理由を尋ねましたが、確たる答えを得ることなく王宮を追い出され、そのために2人揃ってせっかくの縁談もなかったこととされました。弟は絶望のあまり酒をあおる生活を続け、一体何があったものか、ある日王都のはずれでならず者の末のように行き倒れ、息絶えているのが発見されました。そしてそのせいで私もお勤めを続けるわけにはいかなくなり、王宮を辞することとなりました」

「それで、なぜおまえが自死することが息子への当てつけになるのだ」

「弟が罷免されたのは、あなたへの忠誠心が強すぎたからだそうです」

「意味が分からんな」

「あなた様の息子、現国王と名乗っておられるお方は、ご自分が父王を引きずり下ろす日のために、自分に役に立つ衛士たちだけで王宮を固めたのだそうです。そのために弟のように忠心厚く、揺るぎない心の持ち主は邪魔だったようです」


 女は皮肉をこめた口調でそう言うと、半面をゆがめていやらしい笑みを浮かべた。


 前国王にも覚えがあった。あの日、自分の命令を聞かない衛士たちばかりになっていることに初めて気がついた。そのためにこの女の弟はわれのないとがめ立ての末に衛士を辞めさせられたということらしい。


「そうか」

「ご存知でしたか?」

「いや、知らなかった。私も知らなかったことをなぜおまえが知っている」

「お聞きしました、あなた様を助けようとなさっている方から」


 なるほど、話はつながったと前国王は思ったが、だからと言って信用していいものかどうか。


「話は終わりました。あなた様がおにならないのなら、このままこの扉を閉じ、私はすぐにもこれを飲みますが、いかがなさいます?」

「待て」


 前国王は慌てて女を留める。


「なぜ死ぬ必要がある? 共にここを抜け出せば良いのではないか?」

「私の目的はあなた様を助けることではありませんから」


 女は元の無表情に戻ってそう答えた。


「幽閉された前国王の室内で、ゆえなく役目を解かれ、惨めに死んだ衛士の、侍女であった姉が死んだ。この知らせがあなた様の息子の元にもたらされればそれでいいのです。その後であなた様もあなた様の息子も、この国も、どこがどうなろうとも私には関係のないことです。あなた様がいればいるでその口からこの事が語られましょうし、あなた様がいなければいないで、その後何があったのか大騒ぎとなるでしょう。どちらでもいいのです。さあ、どうなさいます」


 女はそう言うとペンダントのフタをひねって開け、口元へと近づけた。


「ま、待て!」


 前国王は急いで女を止める。


「どうなさいます」

「分かった、ここを出る。だが、おまえは本当にそれでいいのだな?」

「はい」


 初めて女は晴れやかな笑顔を浮かべた。


「ここを出られたら、私に良い死に場所をお与えくださったその方に、感謝の気持ちをお伝えください」


 女は一度ペンダントのフタを閉めると、前国王を隠し通路に入れ、ゆっくりとその扉を閉じた。

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