18 式次第

 大変なことが発表され、リュセルスの街は蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていた。


「マユリアが国王陛下とご結婚されるそうだ!」


 単にマユリアが後宮入りするというのなら、それは八年前にもそのような話はあり、人に戻ったマユリアのその後の進退というだけの話だ。あれだけのお美しさ、それは王様もほおってはおかないだろうで済む話であった。


「結婚って、王様はもうお妃様と結婚されてるよな?」

「そうだよな」

「中の国じゃあるまいし、二人も奥様を持てるなんて、そんなうらやまし……、いや、人の道に外れるようなこと、していいのか?」


 父親を退位させ、自分がその座に座った国王がマユリアを欲しがっている、そんな噂はみんな知っている。というか、八年前に父との争いに破れ、もう少しで女神を奪われるところであった、それも知られていることだ。


「だから、マユリアが後宮にお入りになるってのなら、まあ、親子ほど年が違う前王様より、今の国王様との方がお似合いだとは言える。けどなあ、結婚ってのはどういうことなんだ? もしかして、今のお后様と別れてマユリアと結婚するってことか?」

「さあなあ」


 もちろん王宮からの触れ紙には「女神マユリアとシャンタリオ国王の婚姻であり、今後女神マユリアが王族の一員となられる」などと説明はしてあるが、民には何のことだかさっぱり分からない。


 それはもちろん、リュセルスと並びながらも王都には含まれない、ある小さな漁村でも話題になっていた。


「どういうことなんだろうねえ」

「さあなあ」


 ダルの母、ナスタが夫のサディとそう言って顔を見合わせる。


「じいちゃんはどういうことか分かるかい?」

「いや、わしにもさっぱり」


 ナスタが舅である村長に聞くが、やはり意味が分からない。


「ダルが帰ってきたら聞いたらいいと思うんだけど、忙しくてなかなか帰ってこられないんですよ」


 今日はアミが子どもたちを連れて村長宅に来ている。このところの忙しさで、父親であるダルがほとんど村に戻れないので、アミの実家と村長宅に孫を連れて来るのだ。

 一番下の男の子はまだ生まれて一年にならず、このところやっと一人で立つことができるようになったばかり。その上もほぼ年子でとても一人では見ていられないので、普段はアミの実家にいることが多い。


 カースでは男は全員が漁師だ。女は残って海岸近くで潜ってそのあたりの魚や貝を獲ったり、海藻を拾ったりしている。その時に、小さな子どもたちは年輩の女たちや、漁を引退した年輩の男たちがまとめて世話をする。だから子どもたちは自分の親以外の村の者にもなついている。村一つが丸ごと一つの家庭のような形とも言える。


「ああ、こらこら」

 

 アミは膝の上から立ち上がり、曽祖父である村長のところによちよちと歩き出した末っ子を引き止める。「ひいじいちゃん」のところには、一つ上の兄が座っている。その膝を取り合ってケンカになると面倒だ。


 アミはよいしょ、と言いながら末っ子を抱っこし直した。


「マユリアがご結婚ってのはおめでたいけど、そのお式が交代前ってのがどうにも分かんないですよねえ」

「そうだねえ。交代を終えて、人にお戻りになられてからってのなら分かるけど」


 アミの疑問に村長の妻、祖母のディナがそう答える。


「ほんとにダル、帰ってこないかなあ。気になって」


 アミが末っ子を持ち上げ、ばあっとご機嫌を取りながらそう言った。男の子は母の顔を見てキャッキャと笑っている。


「触れ紙によると、まずマユリアと国王様の結婚式があって、それからシャンタルの交代。それで次の日に当代がマユリアになられるって書いてるんだよね。何回見ても同じ、書き間違いじゃないみたいだ」

「そうなんですよね。うりゃっ!」


 アミは言葉の最後に末っ子に向けた言葉を混ぜつつ、ナスタたちと話をしている。


「それと説明の、これは女神マユリアが王家の一員となるための儀式、これから先の世はずっとマユリアが人の頂から民を見守ってくれる。これもよく分からないよ」

「そうですよねえ。ばあー」


 深刻な話をしているのに、幼子の存在があるだけで、なんとなく場が和む。


「ただいまあ~」


 疲れた声で家に入ってきたのはダルの兄、子どもたちの伯父のダリオだ。退屈する上の3人を連れ出し、リュセルスまで遊びに行っていたのだ。


「ご苦労さん」

「あいよ。ほらこれ」

「ありがと」


 ついでに買い物も頼まれていた。


 子どもたちは帰るなりアミにまとわりつき、どこでどうしたと口々に聞いてもらいたがる。一気に家の中がにぎやかになった。


「それで、街はどうだった?」

「そりゃもう大騒ぎだよ。これまではどっちの王様がいいの悪いの言い合ってたのが、今じゃこれはどういうこったって」

「そりゃそうだろうね」

「そんで、街に行ったついでにちょっと月虹隊の詰め所にも寄って聞いてみたんだけど、ダルはどっちにもいないって。今日は宮みたいだ」

「そうかい」

「なんか、月虹隊も色々と忙しい上に、今度の騒ぎでどうなってるって人が詰めかけて大混乱してた。ダルもしばらく帰れないんじゃねえかなあ」


 宮の秘密に深く関わってしまったダル一家にも、何が何かさっぱり分からないままだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る