17 斬り裂く剣

 ランプの火を細く絞り、やや暗くした室内、一本の剣がその光を受けて鋭く光っている。


 ここはルギの私室。普段は奥宮の警護隊隊長室に付属の私室で寝起きしていることが多いルギだが、今は前の宮にある個室へ戻ってきている。


 隊長室の私室は日々の暮らしに足りるぐらい、予備的な部屋なのでベッドと書物かきものや食事ができるほどのテーブルと椅子、それから収納があるぐらいだ。それに対して私室は生活の場、場合によっては一生を過ごすための部屋なので、その人間の地位や立場に応じて造りが違う部屋を与えられている。

 衛士の場合、侍女のように一生を捧げるのとは違い、家庭を持ち、家族と過ごす家が外にあり、宮の中にはルギの隊長室私室のような部屋を持つだけの者も多い。衛士ではないが、少し特別な扱いながら、ダルが前の宮の客室の一室を賜っているのと似たような感じだ。


 ルギは八年前に隊長職にふさわしい地位を得ているため、宮での私室もかなり広い。エリス様一行が滞在していた部屋ほどの大きさはある。

 ルギの今の地位は男爵である。元の出身が平民であり、国王直属ではないためにそう定められ、貴族の一員と認められた。家族を持ち後継者ができたりすれば、もしかするとどこかの領地を授けられる可能性はあるが、今のところは領地などは持たず、ほぼ名前のみの貴族である。

 だが、マユリアのお声がけで衛士となり、当時は無位でありながら第一警護隊隊長を務め、さらにそのままマユリアが前国王の側室として後宮に入った場合には、後宮付き衛士となる可能性があったため、そう決まったのだ。

  

 結局マユリアの後宮入りはなくなり、そのまま女神としての二期目の任期に入っているため、ルギもそのままの生活を続けている。だが、もう少しして交代の時を迎えたら、ルギの身の上も変わることになるだろう。


 ルギは暗闇でもなお光る刀身をじっと見つめていた。


『あなたは剣。ですから、主が必要とするならば、相手が誰でもその刃を振るわねばなりません。たとえ相手が誰でもその切っ先をその者に』


 次代様が最後のシャンタルになる可能性、その秘密をルギはキリエから聞いた。もちろん誰にも話すつもりはない。そして聞いたからとて自分が変わることもない。自分はマユリアの剣なのだ、剣の役割はただ一つ、主の御身を守る、そして主を傷つけようとする者を排除する。それだけだ。


『それを渡す日が来るということ、それはおまえに剣を振るえ、そう命じることだから。だから本当は悲しいのです。そして誇らしくもある。その剣を正しい持ち主に渡せることが』


 マユリアはそうおっしゃったが、そんな心遣いは無用だ。剣は剣、主のお心一つで望まれる者を斬る、ただそれだけの存在なのだから。


 主が必要としこの剣を振るう。それがどのような時であるのか。


『私は、あの時から永遠にあなたの物です。すでにそのことはお分かりだと思っていました。ですが、ここでもう一度誓います。私はあなたの物、あなたの衛士であり、剣であると』


 ルギの剣の腕前は一流だ。幼いあの日、それまではただの漁師の息子として育ってきたルギは、己の運命を見つけ、受け入れた。その日から、主のための剣となったのだ。研鑽を積み、今ではおそらくこの国一であろうとの自負もある。ある時から誰を相手にしても負けることはなくなった。まるで、剣士として生まれてきたかのように剣技を磨き上げた。


 五年ほど前のことだ。今の国王、当時の皇太子が立ち会いを求めてきた。ルギは相手が皇太子だからとて手を抜くことはなく、真剣に立ち会い、皇太子を、王族を負かした。

 周囲の貴族たちは、たとえ警護隊の部隊長であろうとも、単なる一衛士が王族に配慮して勝たせないなどとは思わず、目を丸くして驚き、慌てた。中には不敬罪にあたるなどと口にする者もいたが、当時の警護隊隊長が「指南役として剣の振るい方をご指南しただけのこと」と、正式の勝負ではないと間を取り持ち、事なきを得た。それ以来ルギの剣の腕を知らない者はない。


 だが、ただ一度だけ、負けてはいないがもう少しで命を落とすところだったことがある。言うまでもなく、八年前にあの洞窟でトーヤと戦った時のことだ。


 トーヤの腕前はダルとの訓練の時に見て知っている。なかなかのものだった。おそらく、正式の訓練など受けたことはないのだろうと思う太刀筋ではあったが、さすがに実戦をかいくぐり、生き残ってきただけの腕だと感心した。

 その上で、あちらは傷んだ模擬刀、こちらは平凡ではあるが普通の剣での立ち会いに、少し遊ばせ、叩きのめして宮へ連れ帰ろうと思っていた。

 対決は思っていた通りの流れになり、もう一太刀、相手の剣がすっかり使い物にならなくなった時、そろそろと見切って一歩踏み出そうとした瞬間、これまで感じたことのない気を感じた。


――殺気――


 これまでの立ち会いでは誰からも感じたことのないそれに、思わずほんの少し身を引いた。そのほんの少し、本能が恐れ故に身を引かせたそのわずかの動きがあったから、今、自分は生きてここにいる。


 自分もあの時のナイフのように、躊躇なく突き出される剣、斬り裂く剣となる。


 ルギは静かに、光る剣を鞘に収めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る